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夜明けのバンナイズ

ロサンゼルス北部にあるバンナイズ。
その街を南北に走る大通り『Van Nuys Boulevard』では、1950〜70年代ごろ流行していた“クルージング”の聖地として毎週水曜日の夜、若者たちが自慢の車やバイクを走らせていた。
新しい出会い、ミルクシェイクとバーガーで乾杯。
カリフォルニアの夜に、ティーンは刹那の注目と刺激を求めた。​

今、その賑やかな夜はもうない。
やっているかやっていないか分からない、錆びた看板の店が並び、ただただ広い道路を車が走る。裕福とは言えない地域だ。

アメリカにはそんな道がいくつもあって、洗練された地域はほんの一部でしかない。子供ながらにして車中から眺める寂れた街並みに、かつての賑わいと生きた人の証を見出し、知らない誰かの分まで、そこにある孤独とロマンを感じていた。

夢のカリフォルニア。
今でも多くの人にとって憧れの地だ。
日本で言う東京へのそれと似ていて、行けば人生が変わる気がする、まさにCalifornia Dreamin'。

滲むヘッドライト、消えたネオンサイン、サイドに流れるヤシの木の陰。
夜が訪れる時、人々は何を思うだろう。

「何考えてるの?」と聞いてくる人がいる中で、
「何かを考えているときの横顔がいいね」と言ってくれた人がいる。

その人のことを時折思い出す。
知らない曲のイントロを耳にした数秒間のフラッシュバックに、埋もれてたりするんだ。

「忘れるにまかせるということが、結局最も美しく思い出すということなんだ」

川端康成 『散りぬるを』

HAIMの『Want You Back』を聴きながら、思いを馳せたのはなぜか夕暮れのあとの時間のことだ。明るい太陽は毎日必ず沈んでいく。

ベンチュラからバンナイズまでスキップしながら口ずさんでいたその歌も、夜になれば突然の寂しさに襲われて忘れてしまう。

真っ直ぐ続く道を照らす、オレンジに沈んでいく太陽の光が眩しい。
どうして一日には終わりがあるんだろう。
始まりがあって終わりがあるから、必死に生きれるんだろうか。
今日という日が終わっていく。夜にはまた夜の音楽があり、夜に目覚める人たちがいる。

寂れた街が息を吹き返す時間、時を超えてそこに確かにある。

カリフォルニア州バンナイズに想いを馳せて。

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