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ISO9001と経営:人的資源を戦略的に考えなければ意味が無い(ビッグモーターと7.1.2 人々)

■漫然と記載される品質マニュアル

すでにISO9001:2015では品質マニュアルは要求事項ではないのだが,相変わらず運用している企業も多い。
そうした品質マニュアルは規格項番に対応した目次建てになっており、言い方が悪いが、その内容は規格の本文の裏返しである。たとえば、「7.1.2 人々」は

7.1.2 人々
組織は,品質マネジメントシステムの効果的な実施,並びにそのプロセスの運用及び管理のために必要な人々を明確にし,提供する。

と言った具合である。
「明確にしなければならない理由」も「明確にする」プロセスも記載されていない。
提供するのは「人々」であるが、その「人々」の範囲も記載されていない。中身はなく項番が満たされていることを確認することなどできない。

■なぜ人々なのか

この規格の「1 適用範囲」には以下の記載がある。

この規格は,次の場合の品質マネジメントシステムに関する要求事項について規定する。
a) 組織が,顧客要求事項及び適用される法令・規制要求事項を満たした製品及びサービスを一貫して提供する能力をもつことを実証する必要がある場合。
b) 組織が,品質マネジメントシステムの改善のプロセスを含むシステムの効果的な適用,並びに顧客要求事項及び適用される法令・規制要求事項への適合の保証を通して,顧客満足の向上を目指す場合。

簡単に言えば「お客さんが期待する製品・サービスを確実に届ける」ことが組織に求められていることであり、そのためのマネジメントであると言うことである。

そうして、その活動を担うのは「ヒト」という経営資源である。したがって、製品/サービスの提供に関わる人的資源が確実に供給されなければ、その製品・サービスの提供が滞るわけである。だからこその「7.2 力量」であることを理解しなければならない。

■人的資源の供給のプロセス

どのような人々が必要なのかは、事業プロセスと人的資源管理が主たる関心事になる。
戦略的な活動を含めると以下のようになる。

(1)事業計画とそれに必要な人的資源の推計
(2)現有の人的資源の過不足
(3)過不足を補うための施策の決定

過不足を補うための施策としては下記がある。

(1)過剰な場合
 再配置が前提になる。リストラなどの雇用調整は紛争の火種になりうるので避けるべきである。再配置に当たって能力が足りないのであれば教育プログラムを整備する。
(2)能力が足りない場合
 事業特性が異なり、新規の設備の操作、新しい技術の習得が必須であれば教育訓練が前提になる。
(3)不足する場合
 短期的には中途の採用や外部委託(アウトソースの活用)がある。長期的には新卒採用で対応する。他部署からの調達が可能な場合もある。

■箇条7.1.2で求められるもの

したがって、箇条7.1.2を満たすことを実証するためには
(1)人的資本に関する戦略
(2)人的資本の現状把握と分析
(3)人的資本の管理システムの提示
(4)実績としての人的資本の推移
が最低限必要になる。

こうしたことを何も検討していないと何が起きるのかと云えば、無計画なリストラであり、組織能力の欠落を引き起こす。

○ビッグモーターの保険代理店登録取り消し 背景に兼重宏一前副社長による保険部門の「大リストラ」
2023.11.24

具体的には20年6月に「苦情対応コールセンター事業」が廃止された。また、同7月には保険部による各店舗への指導・教育などの取り組みを中止した。その人員を、各店舗の営業支援などに振り分けた結果、23人体制だった保険部は12人になった。さらに、同10月に保険部長が辞任した際、経営陣は後任者を配置しなかったという。21年2月には、各店舗内で保険募集の管理指導を行う保険推進委員も廃止したため、保険募集人への組織的な教育・管理・指導が行われない状況となった。

https://www.netdenjd.com/articles/-/293926

成果を求める姿勢は変わらずに兵隊を減らせば全滅の憂き目に遭うのは予測できるはずである。すべきことをしなければ組織の壊滅をもたらす。

■審査の悩み

審査では、この項番が問題なることはない。1度だけ意見交換をしたことがある。

・現在の陣容で足りている要員と足りていない要員をどのように把握しているか
・それはどのようなものか
・過不足を補うためにどのような戦略をとっているのか

こうした質問に対し、「我々は人事部ではないから」という答えが返ってきた。

・では人事部に対し、自分たちが製品実現に必要な人的資源についてどのように伝えているのか

これにたいしては無言であった。
しかし、この項番に対してのエビデンスは要求事項としては存在しない。
しかし、企業のガバナンス上ではヒトの問題は避けてはゆけない。

○ビッグモーター分割へ 新会社設立し伊藤忠商事などが買収を検討
2023年12月6日

関係者によると、ビッグモーターが行う事業のうち、中古車の販売や整備などの事業を引き継ぐ新会社を設立し、この新会社を買収する計画案を検討していることがわかった。

残りの事業は創業家側が株式を保有する存続会社に残す形で検討していて、3社連合はこうした計画案をもとに経営再建を支援するか、2024年春までに最終的な判断を行う方針。

https://www.fnn.jp/articles/FujiTV/625772

伊藤忠がどのような決定を下すかは分からない。
しかし、彼らが、事業戦略上で「旧ビッグモーターの人的資源」は不要と判断すれば、全員解雇になるだろう。

「7.1.2 人々」を甘く見てはならない。

(2023/12/22)

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