響け!ユーフォニアム3 12話を見た
響け!ユーフォニアム3 12話を見た。
高校吹奏楽部に打ち込む青春アニメだ。原作は武田綾乃の小説シリーズ。
制作は「涼宮ハルヒ」シリーズや「けいおん!」などいわゆる日常系アニメで有名な京都アニメーションが行っている。
かなりの人気シリーズで、これまでテレビアニメ版が2シーズン、劇場版が2本公開されている。そのほかTV版を切り抜いた形での映画もあるようだ。
シリーズを見始めた時、意外だなと思った。
「文系のスラムダンク」だったからだ。
中学で吹奏楽をやっていたが強い動機を持たない主人公・久美子と、プロを目指して迷わず良い音を求め続ける同級生・麗奈の関係を軸に、主人公が困難と挫折を経験しつつ、自身の成長とチームとしての勝利を目指す。物語の骨格はまさにスラムダンクに感じられた。
京アニがスラムダンクをやるのか。なぜ。
それまでの京アニ作品は、勝敗や競争原理のない世界の「日常」のイメージが強かった。意外に思いつつも作品のクオリティは素晴らしいので、作品自体は非常に楽しんでいた。物語はTVシリーズ1期・2期で、主人公・久美子の1年生時代を描き、劇場版で2年生時代を描いてきた。もはや感覚的には近所の子の成長を見ているようだった。
そしてTVシリーズ3期の制作が発表された後、放火事件が起きた。本シリーズの制作を行う重要なスタッフも何人も亡くなったと聞いた。動機は職業クリエイターになれなかった人間の妄想と逆恨みだった。(犯人が本気で目指していたかは疑問だが)
私は本作をスラムダンクに例えた。スラムダンクが傑作であることは間違いない。人生の指針にしたいと思うような場面がいくつもある。だがスポーツや勝負を題材にした物語には、ある種の弊害がある気がしてならなかった。
物語が勝者の目線で終わるのだ。現実世界では、勝利のする人間より敗北する人間の方がずっと多いにもかかわらず。
成長と勝利の過程は素晴らしいが、輝くステージの裏にはいつもおびただしい数の敗者の影がある。そうした負けた人間たちの人生にも十分に意味があるとは描いて来なかったように思う。ほとんどの人間にとって、長い人生はコートの外、ステージの外にあるのだ。
今回の響け!ユーフォニアム3は原作からの改変があったそうだ。
その点に、私は勝手ながらスタッフの思いを感じてしまった。勝つことと同じくらい尊い敗北がある。創作は距離と時間を越えて人と人をつなげることが出来る。
事件後の京アニとして、描かなければならない物語だったのではないだろうか。
#響けユーフォニアム
#響けユーフォニアム3
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