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考え方を変えたら泣く機会が減った

最近泣いたことを考えてみたけれど、なかなか思い出せなかった。
記憶に残っているほどの号泣は、昨年12月までさかのぼる。
映画『THE FIRST SLAM DUNK』を観たときだ。
2回観に行って、2回とも号泣して帰ってきた。
でも、もっと最近、泣いたことはなかっただろうか?

元々涙もろく、ほんとちょっとしたことでボロボロ泣いていた。
自分が悲しかったり悔しかったり、感動して泣いたり。
映画を観に行けば本編が始まる前に予告の時点でハンカチが手放せなくなっていたり、小説やマンガも読みながら涙が本に落ちないように気を付けながら読んだものもたくさんある。

でも最近は映画も全然観れていないし、本も読んではいるけど物語よりは自己啓発や発酵食品関連のものが多い。
泣くチャンスが少ないのかもしれない。

だからと言って、日常の中に、悲しいことや悔しいことがないわけじゃない。
でも、とらえ方が昔と変わったら、泣くことも減った。
以前は
「私はなんでこんなこともできないんだろう」
「こんな簡単なこともできないなんて、私はだめだ」
「○○さんはできてるのに……」
「なんで私は……」
なんて考えてはメソメソしていた。
でも今は「泣くより今できることをしよう」と思うようになった。
もし泣いても、泣きながら手を動かすくらいの気持ちでいる。
(実際できるかはわからないけど。)

そして良くも悪くも、他人に期待しなくなった。
もちろん人に対して「ああして欲しい」「こうして欲しい」はあるし、お願いとして伝えることもある。
でもそれが、思っていたのと違う形になって返ってきたからと言って「これじゃない~!」と悲しくなることもなくなった。
「そういうこともあるよね~」
「伝え方が良くなかったかな?」
場合によっては「ま、話の通じない、分かり合えない相手も一定数はいるよね〜」で終了。
人によっては「冷たい」と思うかもしれないけれど、私はこの考え方に至ってからずいぶんとラクになった。

泣くこと自体はストレス解消になるから、できればちょこちょこ泣いていた方が心の健康には良いかもしれない。
となると。
定期的にワンピースの16巻(チョッパー回)読もうかな。


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