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イバン族の食文化 03/11

麻袋が満杯になった所で、ふた握りほどの籾を、長方形の臼(うす)に入れて、軽くつきだした。

少しつくと、箕(み)に入れて振り、籾殻を風に飛ばしていった。きらきらと光ながら落ちていく籾殻を見ながら、物思いに耽っていると、目の前に白い米だけ残った箕(み)が現れた。

彼は、そのお米を手ですくって、黒ずんだ鉄鍋の中に入れて、小屋の裏へ降りて行った。そこには、澄んだ小川があり、彼はお米を洗い出した。

そして、その川原で、火を起こして、ご飯を炊いた。
日本では、美味しいご飯を炊くには、蓋を開けてはいけないという教えがあるが、イバン族の人は、何度も、蓋を開けては混ぜる。

電子炊飯器でも同じことをやるので、驚きだ。ご飯を炊いている間に、彼は、その小川の一番深い所に、波をたてずに、そっと進んで行った。

そして、一瞬潜ったかと思うと、2m位ある1本の竹をゆっくりと持ち上げた。竹の彼側の口は、水中で彼の手で塞がれており、もう一方の口を私の目の前に翳し、何かいるか聞いてきた。

その中を見ると、何か動いているものがいる。私が「何かいるけど、何か分からない」と言うと、彼は、そのまま、私側の竹の口を、川原の地面につけて、竹を揺さぶった。

水が流れ出すと共に、鯰や川海老が出てきて、飛び跳ねた。川に逃げられない様に、すかさず、2人で獲物を集め、その場で作った竹串に刺して焼いた。
さらに、彼は、川沿いの羊歯の仲間の山菜の若芽を摘み取って、小さな竹筒を作り、その中に入れて茹でた。

ご飯が炊き上がった頃には、その辺で採れたおかずも出来上がり、その辺で取って来た大きな葉を皿代わりに、食べた。

不器用にご飯を手で食べている私に見かねて、彼は、竹で箸を作ってくれた。彼は、器用に手で食べていた。食べ終わると、山菜を茹でた竹筒や葉を、焚き火の中に捨てて、唯一の人工物である鉄鍋を、スポンジ代わりの葉っぱで綺麗に洗って、小屋へ戻った。  

午後の日が高い内は、午前中に刈った稲を乾燥させるのに集中した。これは、私でも出来る作業だが、乾くとすぐに足でほぐして、籾だけを取り、麻袋へいれていくという難易度の高い作業が続くので、殆ど彼任せの状態だったが・・・。

大分日が傾きだし、少し涼しくなったら、又、彼は収穫に出かけた。私は無用なので、小屋で鳥が来ない様に見張り番という事で彼に指示され、小屋で留守番をする羽目になった。

といっても、私が茣蓙の傍にいる限り、鳥なんか来る訳も無く、来てもトンボ位なので、日向ぼっこをしているだけだった。

途中、イノシシが陸稲の方に現れて、稲を薙倒しそうになったのを、石を投げ付けて、阻止したのは、唯一の収穫だったかもしれない。

そして、この情報が、ウォルターの野心を奮い立たせる要因になるだろうことは、知る由も無かった。大分暗くなって、西側の丘が赤らみ始めた時に、やっと彼は帰って来たが、小屋に着いて、背負子を降ろして一服している彼が、空を指差した。

見上げると、数頭のサイチョウ(ホーンビル)が飛んでいた。遠目だったが、中々見る事が出来ない野生のサイチョウを見たのは、この時が初めてだった。夕焼けの空に、微かな三日月が姿を出し、その前をゆっくりと壮大にサイチョウの影が悠々と横切る。十字架の様に・・。

イバン族の神に喩えられるのも頷ける程神秘的な姿であった。
サイチョウが過ぎ去った空を眺めていると、背後が明るくなった。彼が、ランタンをつけたのだった。彼は、いつの間にか準備したお米を入れた鉄鍋を私に渡して、洗ってくる様に言った。私が戻った頃には、彼は、小屋の中に設置してある囲炉裏に火をおこしていた。

そして、これもいつの間にか採ってきた、山菜やタニシ、海老、小魚を、いつの間にか取って来た竹筒に入れ、火にくべていた。私が洗ったお米の入った鉄鍋もその横に並び、今晩の食事の準備が整った。

 

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