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金融機関の預金取引履歴の報告と預金者のプライバシー権

東京地判令和3.7.19金判1656号31頁(控訴)

1.事案の概要

 Y1(金融機関)は、Y4が設置する警察署から捜査関係事項照会を受け、某宗教団体の教祖の長男Xが同金融機関に有する預金口座にXの母E・姉F等(某宗教団体の幹部)から相当金額の振込がされているという情報(本件口座情報)を提供した。本件口座情報は、同警察署からY2が設置する公安調査庁に、また、公安関係者からY3(基幹放送事業者)に伝えられ、Y3はXとの間の別件訴訟の証拠として裁判所に提出した。Xは、Y1が本件口座情報をY4が設置する警察署にみだりに流出させ、これを取得した公安調査庁(Y2)・Y3が、みだりに流出させることを重ね、その結果、Xはプライバシー侵害により多大な精神的苦痛を被ったと主張して、Yらに対して不法行為等に基づき損害賠償を請求した。

2.判決要旨

(1) 本件口座情報の要保護性

 本件口座情報は、X名義の預金口座の取引履歴の一部である。このような情報は、財産権の行使等とも密接に関連する個人情報であるから、高い要保護性が認められ、他人が権利者の同意なくこれを取得したり外部に提供したりすることは、原則として許されないものというべきであり、個人のプライバシーに係る情報として法的に保護され得る。
 したがって、本件口座情報は法的保護の対象となり、Yらがみだりにこれを取得したり外部に提供したりしたと認められる場合は、Xのプライバシーを侵害したものとして、不法行為が成立するということができる。

(2) Y1・Y4のプライバシー侵害

 刑事訴訟法197条2項は、「捜査については、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。」と定める。 Xは、同条項所定の捜査関係事項照会が任意処分であることを理由に、私的団体は照会に対する報告義務がないと主張する。
 しかし、任意処分であっても、照会を受けた公私の団体は、個人と異なり一定の社会的機能を持つ存在として、情報主体の同意を前提とせず、報告義務を課されるというべきである。このことは、捜査機関が照会先に対し、みだりに照会に関する事項を漏らさないよう求めることができること (同条5項)からもうかがわれる。
 個人情報の保護に関する法律に関し、同法23条(現27条)1項1号は、個人情報取扱事業者は、法令に基づく場合を除くほか、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならない旨を定める。ここにいう「法令に基づく場合」は、法令上、情報の第三者に対する提供が義務付けられている場合だけでなく、第三者提供の根拠が規定されている場合を含むと解される。そして、上記のとおり、刑事訴訟法197条2項において第三者提供の根拠が規定されているから、同条項所定の捜査関係事項照会は上記「法令に基づく場合」に該当し、第三者提供禁止の例外となる。
 以上によれば、Y1が本件照会を受け、捜査機関に本件口座情報を提供したことは、Xのプライバシーを侵害するものとは認められない。(したがって、Y4が設置する警察署もこれに加担したと認めることはできない。)

(3) Y3のプライバシー侵害

 弁論主義の下では、当事者に訴訟資料、証拠資料等の自由な提出を保障することにより、実体的真実を基礎とした誤りのない裁判を実現することが可能となるため、民事訴訟における主張立証活動は厚く保護されるべきである。
 したがって、訴訟活動において相手方当事者のプライバシー等を損なうような行為がされたとしても、それが直ちに相手方に対する不法行為となるものではなく、その違法性の有無は、その訴訟活動の目的、必要性、関連性、その態様及び方法の相当性、被侵害利益であるプライバシーの内容等を比較総合して判断すべきである。
 別件訴訟においては、Xが大学に通いながら教団施設に出入りする生活をしているとの摘示事実が真実であり又は真実と信じるについて相当の理由があるかが争点となっており、本件口座情報の記載された本件書面の証拠提出により、教団幹部と認定されたE・Fから振込があった事実をもって、Xが教団から学費や生活費の援助を受けて大学に通っていることとも結び付くものということができる。
 このような事情によれば、Y3が別件訴訟において本件書面を証拠提出したことは、争点との関連性があり、上記争点に係るY3の防御方法として必要性が認められ、その目的や方法も相当であったといえる。
 他方、前記(1)のとおり、本件書面に記載された本件口座情報は、財産権の行使等とも密接に関連する個人情報であり、高い要保護性が認められる。しかし、本件書面が証拠提出された当時、教団は、無差別大量殺人を行った宗教団体として、団体規制法所定の公安調査庁長官の観察に付する処分を受けており、また、 警察庁の警戒警備の対象となっていたことなどを考慮すれば、Xのプライバシーの内容が財産権の行使等と関連することをもって、別件訴訟における本件書面の証拠提出を制限するのは相当でないというべきである。
 さらに、Y3が民事訴訟法92条1項により、本件書面につきいわゆる閲覧等制限の申立てをしてXの個人情報が公開される対象を抑制し、そのプライバシー権の保護のために一定の配慮をしたといえることも考慮すれば、上記証拠提出を違法と認めることはできない。
 以上のとおりであるから、 Y3のXに対するプライバシー侵害は認められない。

3.本判決のチェックポイント

(1) 預金者の取引履歴情報の報告とプライバシー侵害

 本判決は、中心的な論点である。
 先例として、最二小判平成15.9.12民集57巻8号973頁は、大学が講演会の主催者として学生から参加を募る際に収集した参加申込者の学籍番号、氏名、住所および電話番号に係る情報を無断で警察に開示した行為について、「本人が、自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然なことであり、そのことへの期待は保護されるべきものであるから、本件個人情報は、プライバシーに係る情報として法的保護の対象となる」とする。プライバシーを「自己情報コントロール権」と構成し、自分の知らないところで自分の情報が管理されることも、プライバシーの侵害とする。
 また、最二小判平成29.10.23判タ1442号46頁でも、顧客の氏名、郵便番号、住所、電話番号およびその家族である者の氏名、性別、生年月日が名簿業者に売却されて漏えいした事例について、プライバシー侵害を認めており、プライバシーを「自己情報コントロール権」とするもので、最近、よく見られる法律構成である。
 本判決も、この流れに沿うもので、預金者の取引履歴情報は、「個人のプライバシーに係る情報として法的に保護され得る」として、その要保護性を肯定し、「みだりにこれを取得したり外部に提供したりしたと認められる場合」は、プライバシーの侵害として不法行為を構成することになるが、捜査関係事項照会に応じて警察署に報告するのは正当な理由があり、プライバシー侵害に該当しないとする。
 つまり、プライバシー侵害によって生じる不利益は何ら考慮せずに、違法性を判断しようとしており、これは、プライバシーを「自己情報コントロール権」と法律構成した結果と思われる。

(2) 個人情報保護法による事業者の義務違反の問題

 本判決は、プライバシー侵害に該当するかどうかという問題に加え、個人情報保護法所定の事業者の義務違反に該当するかどうかも問題にする。
 個人情報保護法は、個人情報取扱事業者に対して、原則として、あらかじめ本人の同意を得ないで「個人データ」を第三者に提供することを禁止する(同法27条1項)。本判決は、刑事訴訟法197条2項において第三者提供の許容される場合が規定されており、これが個人情報保護法27条1項1号の「法令に基づく場合」に該当するとして、捜査関係事項照会に応じて取引履歴を警察署等に提供しても、プライバシー侵害にならないとする。
 個人情報保護法において保護の対象になる「個人データ」は、個人情報データベース等を構成する個人情報をいうものとされ(同法16条3項)、「個人情報」は、生存する個人に関する情報であって、①当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)、②個人識別符号(同法2条2項)が含まれるもののいずれかに該当するものをいい、個人識別性を有する情報が広く含まれる(同法2条1項)。
 プライバシーについて、(1)で掲げた判例のように考えると、個人情報保護法において保護の対象になる「個人データ」ないし「個人情報」の不適切な第三者提供も、プライバシー侵害とされることになる。本判決でも、プライバシー侵害を個人情報保護法の問題とすることで、この考え方をとることを明らかにしたものと思われる。

(3) 金融機関の守秘義務違反の問題

 本判決は、この問題については取り上げていない。
 しかし、預金者の取引履歴情報など、金融機関の有する顧客情報は、「商慣習上又は契約上、当該顧客との関係において守秘義務を負い、その顧客情報をみだりに外部に漏らすことは許されない」とする原則ルール(最三小決平成19.12.11民集61巻9号3364頁)は、本件事案においても当然に適用されることになろう。
 ただし、例外として、公権力によって開示が直接的に強制される場合や、正当な理由なく応じない場合には罰則や過料等の法的制裁が科されることにより開示が間接的に強制される場合には、金融機関は顧客情報の開示について正当な理由が認められ、守秘義務は免除される。さらに、法令の規定により公法上の開示義務が存する場合は、守秘義務により保護されるべき顧客の利益に優越する公益の存在を承認するものであるので、顧客情報を開示しても、金融機関に正当な理由が認められる(神田秀樹・森田宏樹・神作裕之『金融法概説』35頁による。最三小決平成19.12.11の田原睦夫判事の補足意見も同旨)。
 捜査関係事項照会は、刑事訴訟法197条2項に基づくものであり、任意捜査ではあるが、公益目的が認められるので、金融機関がこれに応じても、顧客との関係で守秘義務違反が問題になることはないと考えられる。
 本判決は、プライバシーの侵害による不法行為責任を負わないことを理由に、同様の結論をとるものであり、本件事案の預金者の取引履歴情報に限れば、いずれをよっても、結果は変わらないことになる。ただし、一般論としては、守秘義務違反を問題にする場合とプライバシー侵害を問題にする場合とでは、その対象範囲が異なることに注意する必要がある。

(4) 訴訟行為とプライバシー情報の開示

 訴訟行為において、一方の当事者から他方に対し、プライバシー情報の開示して、プライバシー侵害に該当するような行為がなされた場合において、従前の判例は、「弁論主義の下では、訴訟当事者に訴訟資料、証拠資料等の自由な提出を保証することにより、実体的真実を基とした誤りのない裁判を実現することが可能となるのであるから、 民事訴訟における主張立証活動は、通常の言論活動よりも厚く保護される」(東京高判平成11.9.22判タ1037号195頁)、「民事訴訟においては当事者が自由に主張し、証拠を提出して互いに攻撃防御を尽くすことが適正な裁判の実現に不可欠である」(東京地判平成18.9.7判時1970号56頁)、「民事訴訟においては、私法上の権利関係の存否が争われるのであるか、その主張・立証の過程において、一方当事者のプライバシーに属する事柄が相手方当事者によって暴露されるというような事態は、ややもするとありがちなことであって、 訴訟当事者としてもそれなりのことは覚悟し、あるいは甘受すべきものである」(福岡高判平成18.4.13判タ1213号202頁)などとし、その違法性は否定されている。
 本判決も、これらと同様の結論をとり、「その違法性の有無は、その訴訟活動の目的、必要性、関連性、その態様及び方法の相当性、被侵害利益であるプライバシーの内容等を比較総合して判断すべきである」として、違法性判断の考慮要素を示している点は注目すべきであろう。