遠くに来てしまった(笑)

森田靖也(旧表記:オマル マン)氏との対談、第56回目。

K「森田さん、こんにちは。この動画を見ました。」

#ロシア #ウクライナ #戦争
今こそ戦争について、考えよう|東浩紀・小泉悠・高橋杉雄・夏野剛・廣瀬陽子
https://www.youtube.com/watch?v=ZFbRNWOiaHM
小泉悠「ロシア人の普通の人と話すと、なんでお前たちそんなに破滅が好きなんだ?って思うぐらい破滅の話が好き。何かこれから破局的なことがやってきて、私たちはみんな駄目になるみたいな話をするときに、一番ロシア人は輝いているんですよ。」(1:21:00頃〜)

「この嘲笑しているところが、一番面白い所。ロシアがウクライナへの侵攻で、これから長きにわたってロシアはまずいだろうというときに、ロシア文化そのものには触らないというのを破って触っているところが。ここでは出ていないが、タルコフスキーとか。(笑)というのは、今後文化の中心になっていく予感。「戦慄」とかではなく。」

「黙示録的なものを求める主体への嘲笑は、元々私にはある。」

M「加藤さん、こんにちは。(笑)、というのは、「きわめて陳腐」っていう質でしょうか。小泉氏が話すくだりで、くっくっく、、と、みんなつられて笑ってますね。」

K「「きわめて陳腐」、でしょうね。高橋杉雄も笑っていますね。同じ質。私も持っている。」

ユーリィ・イズムィコ名称炒飯科学研究所@OKB1917·8時間
新宝島
引用ツイート

Dr. Ian Garner@irgarner · 5月16日
Name this band.
https://twitter.com/OKB1917/status/1526804340865781760

「黙示録的なものを求める主体を日本文学で探すと、三島由紀夫。一番分かりやすい例は、初期の『詩を書く少年』等。内海健が言う「世界」「対象」との「離隔」、それを一時解消させるかに見せる(破局的)「戦争」。以下、内海から引用。」

ナルシシズムの原型は、自分のつむぎ出す空想の中に自足した様態である。とはいえ、完璧に浸りきっていることはない。どこかに綻びがある。そして遅ればせに自我が目覚めるとともに、現実との離隔は自覚に上ってくる。他人の棲む世界と隔てられていること、実感のないことに、苦悩するようになる。だが三島の青年期は戦時下にあり、現実の非日常化とともに、離隔は背景に退いていた。彼が離隔を本格的に意識しはじめたのは、戦後のことである。
三島は自我のメタファーとしてしばしば遠近法を用いる。こちらに視る自分がおり、向こう側に視られる対象がある。自分と対象はくっきりと分節されている。当初、対象は自分の作り上げた幻想をあてがったものであり、自由に操作可能であった。だが、自我の目覚めとともに、対象はもはやナルシシズムの触手の届かぬ向こう側に立ちつくしている。距離は決定的なものとなる。この距離は、視るためには必要であり、それが拓かれることによって視ることが可能になるのであるが、視る者を対象から隔てる。視られる対象はよそよそしく、それがまさに今自分の視ている物であるとは語りかけてこない。
遠近法のメタファーを敷衍するなら、三島が言及していないものがある。それは消失点ないし無限遠点である。それは絵画の中にありながら、積極的なものとしては描かれず、図像の中に埋め込まれている。そこから発して構図そのものが決定される虚の点である。それ自体は視ることはできない盲点のようなものだが、視る者を惹きつける。この点によって、人は遠近法の中につなぎとめられ、対象は自分が視ている対象となる。
ルネサンス期に、アルブレヒト・デューラーが透視図法を考案したとき、彼は固定した自分の眼と対象の間にガラス版を置き、その上に対象の形をトレースしていった。三島の遠近法もまた、外界に舞台という枠をあてがったものである。さまざまな人物がそこに映し出され、演技を繰り広げる。すべてはプロセニアムの向こう側で行われることである。彼自身には何かが起こるということはない。そこで決定的に欠けているのが奥行きである。遠近法であるにもかかわらず、書割のような世界である。こうして離隔は堅固なものとなり、外皮は硬くなっていく。

内海健『金閣を焼かなければならぬ 林養賢と三島由紀夫』河出書房新社、2020年6月

M「奥行きを欠いた、平板な遠近法に身体性が慣れると、極端な二元論的なものに、ひっぱられていくと。歴史に通じている人いろいろ分かっている人は、既知のもの、つまり「ネタ」として笑えるということですね。いったい何周目なんだ?と。」

K「森田さんが言うには、それは「偉そう」「貫禄ありすぎ」という事でしょうね。こういう批評、全般に対して「何様?」という罵倒。それは、私は成り立つと思いますが。「お前らも赤ちゃんだろう?」と。」

「私自身の意見は、「奥行き」知覚は最重要だと思っていますが。むしろ「芸術の素人」の内海氏からこのような美術の見解が出てきていて、驚いている。岡崎乾二郎とかを読んでいるだけでは、出てこないだろうから。氏は、平常では全く奥行き知覚のない主体の場合について、近年美術に言及するようになる前から、臨床的に検討している。氏が紹介した極端なケースでは、例えばその臨床主体が、喫茶店の中に入っていくとすると、室内のあるべき空間が全くの平面に見えると。その主体が述べる。さらに、何らかの力を自己に加えると「うにょにょにょー」と、店の奥まで空間が現出すると、述べる。」

「ここから分かるのは、「空間」「平板」の知覚には、個別の振幅があると。これは、私自身の美術家の経験としても合致する。「奥行き」知覚は、訓練して身につけたとしても、日々、時間ごとに一定ではないのですね。むしろ、ストレス的に開放した状態では、身体的に個別の対象への反応は、主に「平板」の向き。前々回対談、「セザンヌの中世?」という比喩で私が例示した、セザンヌ1860年代の作品は、その画像が初めて目の前にネット上に現れた瞬間に「おっ!」と私は反応した(見たことのないセザンヌ作品だったということも、多分にあるが)。しかし、「いや待てよ」という、次の段階ですね。美術家の身体には、そのような階層があるといっても良い。セザンヌも無論例外ではない。」

M「「対象の陳腐を笑う」でもよいのですが、私の身体性の場合、精緻に言語化すると「対象への無共感」に近いです。なのでじつは、そこまで加藤さんの感覚と齟齬はないですよ。セザンヌの60年代の例の作品に感じ取れるのは「焦り」という気がしている(セザンヌの回の時、じつは言いたかったのですが、流れに合わず、言わなかった)。ヴィトゲンシュタインの「文化と価値」で、「哲学者の間ではゆっくりしてってくれ!とあいさつするのが流儀だ」という言葉がありますね。」

K「例えば具体的に、ウクライナでロシア兵に虐殺されている民間人の例。私はそれに対して「無共感」ということはない。端的に、腹が立ちますね。虐殺者に対して。」

M「私の場合、「笑い」は起こらないのですが、対象を笑う気持ちは、想像がつくということです。ウクライナに侵攻し、市民を虐殺する虐殺者に憤るのは、私も同じ気持ちですよ。」

K「いわば、「可愛い」への笑い。それに対して、「可愛い」のはお前らもだろう、というのは成り立つと思いますよ、という私の話。」

M「なぜ「可愛い」く感じられるのか? 加藤さんの返信を受けて、私は今、そのことを考えています。」

K「幼いとか、文明度が低いとか、そういうことでしょうね。人が対象に「可愛い」と思うのは。」

M「ちなみに、確認なのですが、日本はどうですか? やはり、可愛い?」

K「日本は、全般的に他の先進国から見て、可愛いでしょう。可愛いって、見られるし。清田友則[研究者。ジェンダー論、芸術論]さんも、米国に留学していたとき、「可愛い」と言われたと。」

M「そうなると、日本人としては、可愛いから脱して、「個」性が重要という事になりますね。「幼いとか、文明度が低いとか、そういうことでしょうね」。今、この言葉に焦点をあてて、考えているんですね。」

K「そうですね。可愛いは、種別性なんですよね。そう言われて嬉しい場合は、その種別性に安心を感じる。「個」ではない。」

M「明治頃まで、日本人は、それぞれの祖先が定めてきた「掟」をずっと守って、代々生きていた。じつは、よーく目を凝らしてみてみると、その状況は、今もたいして、変わっていない。自分の頭で考えて、古い「掟」を破り捨てて、あらたに「掟」を更新する。更新し続ける、なんて、そんな発想をもてる人は、なかなかいない。それこそが「個」だと思うのだが。仮にそのような個がいたとして、まっているのは、掟を破りすてるような人間に対する「復讐」。「誰がお前たちに美しく生きることを認めたんだ?」。」

K

Yuki@ウクライナ🇺🇦一時🇯🇵帰国中@Yuki20611795 · 4月9日
ロシア兵がブチャに残した落書き
「誰がお前たちに美しく生きることを認めたんだ?」

初見はウクライナ人を馬鹿にしているだけかと思ったがイルピンやブチャは再開発が進み綺麗な建物や住宅が多かったので、それに嫉妬した貧しいロシア兵の言葉なのかもしれない
https://twitter.com/Yuki20611795/status/1512593660013129734

「夏目漱石や、森鴎外を、「少女漫画」に引きつけて、「可愛い」と読むこともできる。「文豪」の称号を剥いで。イギリスに留学して鬱になって引きこもっていたなんて、可愛いと。日本に帰ってきて、妻子に暴力を振るう漱石も、可愛いと。」

M「その感性、深くて、致命的な、どうしようもない、何かありますね。なにかに耐えられなくて、「可愛い」と(間歇泉が吹き上がるような形で)。」

K「80年代以後は、露骨に日本の文化人は「可愛い」競争になった。日本の他国から見て種別性の、俺が代表=トップだと言わんばかりに。中上健次が、実際に、上野千鶴子との対談で、「俺は一番可愛いから」と自賛していた。」

M「中上健次って、遺作に「異族」っていうのがあるのですが。みんな黙ってますが、分厚くて、何かに耐えられなくて、とにかく文字列を埋めて。ごまかしているような。読んでみると、酷い作品で。誰も語りたがらない。」

K「上野は、それに対して「中上さんは可愛い」と、全肯定の表現。」

M「とても「焦り」を感じる。」

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