ダミアン・ハーストの桜、=反知性主義

オマル マン氏との対談、第32回目。

前回対談後、オマル マン氏へ。

K「本日の追記。彦坂尚嘉氏、ダミアン・ハーストの近作の絵画作品は「《愚行》」。」

彦坂尚嘉@hikosaka·3月4日
ダミアン・ハーストの桜の展覧会を、三潴末雄さんが、見ていらして、感想を書いてくださいました。
一点大作があって、これは、大きさが凄くて、見てみたくなりましたね。
しかし、私は見ないつもりでいました。画像で見る限り、《芸術》は成立していません。さらに《デザイン》も成立していません。
https://twitter.com/hikosaka/status/1499644437357805569

O「ハーストはけっこう前から、ペインティングを描き始めていましたね。
(https://twitter.com/Sothebys/status/1318990388636635139?s=20&t=lr4nW5itTNVLf2a2rMngaQ)」

「まわりから「よせ」と忠告されたのに、本人はあくまでもペインティングに拘って、やりたいと。ハーストは、好んでいるテーマがあると思うのですが、科学とか死とか。しかも、最新の現代美術の傾向を、おさえた上で、やる。日本の現代アートだともうちょっとナイーブで(=いかにも「国内」っぽさ)「趣味」「嗜好」を前面に出すが、ハーストはその点に関しては、過剰性は抑えて、折り目正しい印象がある。言い換えると、どの作品も、(いちおうは)、非常に現代アート然としている。個人的には「勉強になる作家」という位置づけ。」

「デヴィッドホックニーにも言えるけど、ハーストにも、「ちょうどよい心地よさ」みたいなものがある。世界的に人気があるポイントなのかもしれない。バリバリにグローバリゼーションの典型と、バリバリにドメスティック、そのどちらでもない。ほどよくイギリス風味もある。中間というのはけっこうむずかしい。」

K「そうそう、ドクロやつですね。ヤーコブ・ローゼンバーグが述べるような「基礎」がない。ゆえに形においては「芸術」の民主化なのだが、アメリカのジェフ・クーンズやマイク・ケリーは、そういうことはやらない。どちらが(全体の中で)「浮いている」か?、という話で。大きくはイギリスか、アメリカか。極めて政治的な選択。最終的に。ハーストが共感を呼ぶのは「誰でもゴッホ」ではないが、私はよく理解できる。ジャンキー。」

Damien Hirst (b.1965) I Once Was What You Are You Will Be What I Am
https://www.invaluable.com/auction-lot/-6FD469C986

「ハーストは、芸術の才能が1ミリもない。それを、「ジャンキー」でさらに偽装している。一様化。」

「ハイエクが述べる「個別的所有」の否定の形式=全体主義(のあえて言えば美学。ナルシスティックな)。」

「「才能」の否定。「誰でもハースト」。」

「「シミュレーショニズム」といっても(ドクロの。ベーコン=わざわざ金色の額縁に入れる等)、日本の(茂木健一郎氏がいう)悪しき現代の「お笑い」レベルの表象。」

「フランシス・ベーコンは、芸術成立の「確率」問題を(雑な形だが)述べているが、ハーストの回転系の作品を見ても、そういう思考を全く継承していない。単なる彦坂氏が言うへべれけの《愚行》に終始している。」

SKULL SPIN PAINTING, HAND SIGNED IN BLACK MARKER ORIGINAL PAINTING SOLD, 2009
https://www.josephfineart.co.uk/artists/26-damien-hirst/works/992/

「ベーコンが言う「賭け」がないんですね。その緊張も。」

O「もう一つの観点として、普通に「うまくない」ですよね。会田誠よりも「うまくない」。それだけの観点では十全ではないが。」

K「ただただ、やりっぱなしで、金が入ってくるシステムを、イギリスを根拠地に作った。」

O「イギリスのおおらかさなのかな?アートってもっと遍く広く、包容力のあるものだと。ハーストがもてはやされる素地があるわけで。」

K「それがアートピープルの万人の、羨望を集める、まさに「お笑い」的存在。」

O「ただ、バカテクみたいな作家だと、藝大出とかでいっぱいいると思いますが、それらの存在はハーストは「圧倒」している。」

K「会田よりも、さらにジャンキー部類では、下の下だとは言えるが。まあ、象徴的人物ですね。本人も自覚しているのでは。役目だと、いうぐらいに。」

O「自分のナルシズムとか感受性を「前面」に出して、超絶技巧で押し切っていく、というタイプの。ハーストは、その界隈に「fuck!」と。」

「ええ、自覚的に感じますよね。」

K「会田、私は、ハーストとほぼ同年齢ですね。」

O「同時代人ですね。」

K「「バカテク」って、基礎がないから。ハーストがいなくても、全滅する。」

O「池田なんたら、とか。池永康晟とか。」

K「医学でいう「基礎」と同じこと。「基礎」があって初めて「臨床」(実践)が可能になるという。私の親類の医学関係者によると、「基礎」は儲からないらしいのですが。」

O「かつて彦坂氏と加藤さんが論争したことがありますよね。あの時に、彦坂氏は「藝大はデザインの生産工場」だと。界隈では有名な「論争」。」

K「そうですね。ローゼンバーグの2択問題では、全ての藝大生が不合格になる。」

O「でも国内(これは日本に限らない傾向かもしれない)では、そのような一群が「勝って」いる。池田学=超絶技巧の天才、みたいなもてはやされ方。」

K「だから「沈没」は時間の問題だと。」

O「その対岸ではないですが、ハーストというのは、立体的に把握するうえで、面白い存在ではあると思うのです。確信犯なのか、天然なのか。よくわからないのですけど。ハーストの「位置」が奇妙に絶妙な気がしていて。」

K「ハーストを、アイコンとしていると。」

O「それは多少なりとも、あると思う。」

K「皆、ハーストに憧れて、ジャンキーになってゆく。「死」。」

O「絵画meet彫刻、みたいな。ゼロ年代以降のアートの「正道」とも違う。ハースト本人も、意図的に(絶妙に?)外している。」

K「天然(低知能)かつ、確信犯でしょう。」

O「裏の顔が気になっているんですよね。低知能のくせに、やたら「都合がいい」という。とんでもないブレーンがいるのか。ハーストの話になったので、やっぱり村上隆は出さないとおかしいと思うので、話してみると。似ている点が多い。クーンズに至れないという点もそうだし、会社を作り、いろんな人材をとりそろえている点でも。」

K「そういう意味で、ハーストは絶妙ですね。位置取りが。日本では成り立たない。上記ドローイングの金にまみれたへべれけ感覚の作品上のサインにしても、ドイツのかつてのボイスのさらに劣化させた極論としての、道化の位置を確保している。単独で。日本などから、羨望されても、決して渡さないでしょう。その位置は。渡したら、自分が消失するから(=「死」)。「死ぬのは、羨望した馬鹿ども」。」

「《愚行》の加速は、ハーストのマスト。」

O「卓見です。あの桜も、その通り。」

K「それを見抜く慧眼(=彦坂氏)が日本にはいた。」

O「「羨望」の部分をもっと解剖してみたい気持ちもあるのですよ。「羨望」の大衆、という図は、村上隆の見られ方にも言えると思っていて。Twitterを眺めていて、ハーストの桜の感想を。バカな感想が多いのですけど、一様に「羨望」感は漂っている。なんか見覚えあるな...と。村上隆の作品の見られ方も、似た感触。」

K「ウォーホルは、誰しも作家は最初に参照するのだが(村上氏も)、例えば上記「確率」問題は、ウォーホルもベーコンから継承しているんですね。内容的に。「基礎」がなければ、「確率」問題は解けない。そういう意味で、ウォーホルにはある。アメリカの圧勝。二十世紀後半以後、今日までは。」

O「「確率」という要素は、アートの話でも、言語化されてない項目ですよね。」

K「私も、詳しくは言語化したくない。「個別的所有」(ハイエク)。」

O「現代アートの文法と語彙、という言われ方がある。もう一方で、自分の感性とか技巧とか。もしくはよりドメスティックな独自の理論。その3つで評価されているように見える。じつにメカニックに。しかし、それだと根本的に抜けがある。より「普遍」に至る、一縷の光があるのでしょう。加藤さんの提示される問題。」

K「先も言ったが「技巧」っていうのが「基礎」から遊離しているんですよ。アメリカの主要な作家は、「基礎」を手放さない。基本戦略。「技巧」などは誰も問わない。」

O「黒瀬陽平が「アートはプラグマティックなものである」と。そのときにも「基礎」の要素は、おそらく大幅に意識されていない。そうだとすると、藝大生が技巧的なのは、異常かつ不思議な事態ですね。「技巧」というカッコつきで。」

K「大幅に意識されていないって、ただの馬鹿だから。「部分バカ」by茂木健一郎。」

「「基礎」って、入門的なものではないですよ。全く。「国家機密」のようなもので。」

O「面白すぎる...」

K「ローゼンバーグ にしたって、優しい内容ではない。」

O「この話題は...」

「彦坂氏のアート動画で、会田誠はワザと自分の作品が「破棄」されるように、”チャチ”に制作していると言っていたのですが、」

K「「技巧バカ」(笑)。」

O「今の話題と関係ありますか? まったく残らないと。写真とか記録に残ればOK!みたいな。」」

K「そうですね。劣化が激しい新聞紙をベニヤ板に貼り付けて描いたりとか。「死の欲動」。酒。」

O「ある種の、「死の欲望」の極みへ...と。」

K「私は救出したいですね。難しいのだが。これが。」

O「難しい(笑)」

K「「とりあえず、アートやめろ」って言っても、やめないし。」

O「国内のねじけを、すべて一身に背負う。」

K「別に私は、象徴的人物(=犠牲者)になって欲しくはないんですね。会田誠。」

O「その会田の図に、唾を吐くポーズをする、低能児のハースト。羨望する大衆。基礎がどこにも...」

K「ハーストの「一人勝ち」は、続くでしょうね、このままでは。少なくとも日本では。日本をこれ以上に破滅に加速させるのは。私の周り(名古屋)でも死者は出ている。」

O

茂木健一郎@kenichiromogi
話は変わるけれども、長期にわたる日本の衰退、没落については、劇的なイベントがいつ起こるかわからないけど、その前兆現象は、地上波テレビ、ユーチューブなどにすでに表れていると思う。本質は、反知性主義、知性の劣化。とりかえしのつかないことにならない前に、手当をしたおいた方がいい。
2022年3月7日
https://twitter.com/kenichiromogi/status/1500588170538205188?s=20&t=-RdDZmDou4dpSWYGC2sZ3w&fbclid=IwAR1t8eiu1MKnsWuOxxFuVK7wNJBVB5fO-_mhkEq405TqHFucHYFon9aLr9A

「”ハースト現象”も世界の動向の文脈と一致している。」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?