PTSDと診断された出来事

私は通院し始めて4年目になるが、先日、私の所謂診断書というものを初めて見た。そこにはADHDとPTSDという病名が記されていた。どうでもいいが、初めて文字化された病名を見て少し複雑な気持ちになったことを覚えている。私が初めて主治医(以下ムーミン先生という)に主なPTSDのきっかけとなる話をしたのは、まだ今から半年も経っていない2022年の2月だ。初めの初診からPTSDだとは思われてたらしい。しかし、その原因は、学生時代の勉強・先生から生じたものだと思われていた。しかし、それは、仮面をかぶっていただけだったのだ。もちろん小中高の生活がPTSDに全く関係していなかったというわけでもないが。。。
前置きが長くなってしまったが、今回はその主なきっかけとなった話をしようと思う。少し赤裸々で人によってはフラッシュバックするかもしれない深い話をするのでここから先は自衛して下さると有難い。所々記憶がなく事実と異なることもあるが私の記憶と想像で書く。

あれは、まだ私が小学生にもなっていなかった頃。布団で一人で寝ていたら、「なっ葉〜なっ葉〜」と私を囁くようにいう男性というか男の子の声。それと同時に私の身体に触れる小さな手。目を開けると横には2歳離れた兄がいた。直感的に気持ち悪いと思った。が、この感情をどうしていいか分からず、確か寝たふりをした気がする。それが一度や二度のことではなかった。流石に気持ち悪い、何かおかしいと思い両親に相談した。親の前や見られていると思ったのだろうか、その時は何もしてこなかった。(兄の中では自分のやってることは親に知られずとまずいとでも思っていたのだろか。)そしてもちろん外出先ではそんなことは全くされなかった。そんな生活が数年たち、私が小学校高学年か中学校に入学したあたりだろうか、朝方寝ていると兄がなぜか私の寝ていた布団にいた。そして、胸を触られ、上半身の服を脱がされた。そして、赤ちゃんのように私の胸を舐める。そして身体中を舐める。上半身から下半身へとその口は動いていった。同時に手も動く。私はズボンだけでなく下着も脱がされ、陰部を触られ、舐められたりしていた。その時私は何をしていたか。こんなに覚えているのだから抵抗すれば良いと思われるかもしれないが、私は、寝たふりをしていた。流石に服脱がされたりするところでは寝てる風を装いながら抵抗はした。しかし、仮に男の子と言っても力は私よりも強い。簡単に振り落とされた。起きる勇気もなく、私は寝たふりを続行することにした。本題に戻すが、いつものようにすぐ終わるだろうと思っていた。しかし、今度は兄は兄の下着をずらし、私の陰部に兄の陰部を擦り付けてきた。挿入しようと思っていたのかも知れないが、当時の兄にはそのような知識がなく、挿入はされなかった。擦り付けられたのは初めてだったと思うが、その以前にもお互いが下着でその上から当てられたりしたことはあった。当時、少しばかり知識のあった私は、生理が来ないことに不安を感じていた。学校で行われる検尿の際には妊娠していることが発覚することをとても恐れていた。(のちに検尿では分からないという事を知るが…)それ以降、私の記憶が正しければ下着を脱がされ、擦り付けられるということはされていないように思うが、私が高校大学に入学しても、お尻や胸を触られることはもちろん、髪もイヤらしく触られ、兄が一人暮らしを始めた今も帰省する時に、下着を変えると「なっ葉、ブラ変えたん?」と言われる生活になる。

一度兄に聞いてみたことがある。「お母さんとか彼女の触ればいいやん」と。
帰ってきは返事は「なっ葉のがいい」だった。薄々感じていたが兄は私のことを[妹]ではなくもちろん妹だと思ってはいるが[一人の女]として認識していると確信した。
高校生になり、これは異常だと思い、担任に相談したことがある。そして母親に話した時言われたことは「なっ葉が全部悪い、他人に我が家の恥を晒すな」だった。その時から、あまり記憶がないが、私が全部悪かったみたいだ。確かに私はそんなことをされても尚兄のことは大好きだ。自分から寄って行ってしまう。でも私は兄を「男」として見たことはない。兄としてしか見ていない。

そして今、兄は就職し一人暮らしをしている。一ヶ月に一回は帰省し、その時には胸やお尻を触られるが、、、

今までの文では兄だけが異常と言うように受け取られる人もいると思うが、異常なのは父親も同じなのだ。父は兄よりは酷くないが、性器を見せてきたりする。そして、もう成人を迎えているのにも関わらず、私にキスを迫る。
子離れができていないという言葉で片付けられてしまうかもしれないが、父がこうだから兄もああなったのだと心のどこかでは思っている。もちろん、父も父親として普通に好きだ。

この出来事だけが全てではないが、どこにいてもフラッシュバックはするし、家にいても安全でないし、安心しないし、気持ちが沈んでも親にSOSは出せないのである。

こんなところでPTSDと診断された契機についての出来事について話すのはやめようと思う。こんなことがあり、恋愛観も歪み、好きな人ができても男性と触れたいという思いも今まで生きてきた中で一度もでできたことがないのである。

この出来事以外にもまたおいおい私自身のことについては投稿しようと思う。

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