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彼の本棚と彼女の本

『私の本棚』というハッシュタグが流れてきたので、思い出した本棚の話を2つ。どちらも正確には「私の本棚」の話じゃなくて「彼の本棚」の話なのですが。

ひとつめは大学生時代、同じクラスの友達とさんざん飲んで、帰りに始発待ちの何人かで近くに住んでた一人暮らしの同級生男子のアパートに転がり込んだときのこと。

そもそも私は、よそんちの本棚を見るのが好きなのです。自分と同じ本を持ってる人がいたら親近感わくし、この人こんな勉強してるんだーっていう資格の本があったり、そもそも家に本ってものがなくて、代わりにCDばかり何千枚っていう勢いで並んでたり、気が強そうな人だなーと思ってたのに、スピリチュアル系の本がやたら沢山あったり。本棚を見れば、その人のことがほんの少しわかる。

そんなのを眺めるのが好きで、だからその子の家でも、まずは上がるなり本棚を見てたんですけど、そしたら珍しい本が立てかけるみたいに表紙を見せて飾ってあって。

『100万回生きたねこ』佐野洋子

本じたいが珍しいわけではありません。言わずと知れたロングセラー絵本で、大人のファンも多い。とはいえ、その男の子はおおよそ絵本とかに興味あるタイプには思えなかったので、その絵本は、本棚からも部屋からも、やけに浮いた感じに見えたわけです。

これ買ったの?と彼に聞くと、貰いもの、という返事でした。こういうのプレゼントしてくるのってどんな人かなーと思ってたら「前の彼女が誕生日にくれたんだよ」と、質問以上の答えが返ってきました。そうかい。

お相手は大学の人じゃなかったので、私たちの全然知らない人で、だいいち彼に恋人がいたのも別れたのも知らなかった(あんまり女の子に興味ありそうなタイプに見えなかった)。へぇー誕生日に絵本プレゼントしてくるような女の子ねぇ…と思いながら、一緒にいた同級生の女の子たちと、

「別れた彼女にもらった本わざわざ飾っとくの?」「なんか見るたびに抉られそう」「別れた彼氏に貰ったものとか、どうする?」「捨てるか売る、だな」「え、売るのは流石に酷くない?」「女の恋は上書きだもん」「だねー」「ひどーい」「男の人ってさ、なんか別れた女の思い出話とかしたがるよね」「あ、それわかる」「デートで別れた彼女と行った思い出の場所に今の彼女と行くやつ」「うっわーイヤだけどいるわ、そういうの」「女々しいよね」「ほんとほんと」

などと茶化して盛り上がっていたら、彼が

「お前らな…『女々しい』っていう言葉は、男のためにあるんだよ。」

という超弩級の名言を吐いたのが、四半世紀たった今でも忘れられなくて。それ以来、「チッ、女々しい男だな!」って思うようなことがある度に、あの絵本と彼の本棚のことを思い出すのです。

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もうひとつは、もう少し大人になってからお付き合いした恋人の部屋の本棚の話。

彼の部屋にお泊りしたときに、本棚好きな私は、いつも通り彼の寝室の本棚を眺めていたのですが(ちなみにこの人とは映画の趣味はわりとよく合ったけど、小説の趣味は致命的に合わなかった。勧められた本は何冊か読んだけど、私からするとちょっと照れくさいなと思っちゃうようなベタなヒューマンもの……電車の広告で『溢れ出る涙が止められませんでした。いちばん大切な人に贈りたいです。(32歳 会社員)』とか書いてあるようなやつ……や、筆力より自分の病みキャラで売ってるよね的な女性作家による、雰囲気だけで中身はほぼない的な小説などで、どうにも趣味の一致がみられそうになかった。別れた理由はそのへんにも転がってたような気がする)、そこで、やはり彼の本棚にはあまりそぐわない感じの、ヤングアダルト向け青春小説を数冊みつけたのです。

ぜんぜん知らない作家だったけど、何冊か並んでたので引っ張り出してみて、「この人好きなの?」と聞いてみたところ、「あーそれ、昔の彼女が書いたやつ。小説家だったの。」という返事が返ってきた。

「ふーん。」という私の相槌を『面白くない』という意味に受け取ったようで、彼は「(彼女は)もう結婚してるよ。今は沖縄に住んでる。」と言いながら、その本を私の手からとって本棚に戻し、それから(オトナなので)あんなこととかこんなこととかをしたわけですが、そんなことの後で彼がシャワーを浴びにいってから、私はまたその本をこそっと本棚から抜き出して、ぱらぱらめくってみたのです。

そしたらページの間から、栞みたいに挟んであった薄い紙が落ちてきました。あら、と思って拾い上げると、それはその本の作者であり彼の元カノであるところの、今は結婚して沖縄に住んでいるという女性から、彼に宛てて書かれたお手紙でした。

それは、その本が出版された時に書かれたもののようでした。たぶん著者献呈の本だったんだろうな。『この作品を書きあげられたのは◯◯(彼の名前)のおかげです。』という感謝の言葉で始まるラブレターでした。

細かい内容を全部覚えているわけではありませんが、それはラブレターであると同時に、別れの手紙でした。その人とは一時期一緒に住んでいた、という話は彼の口から聞きましたが、どうやらそれは、その同棲を解消する直前に書かれたもののようでした。

離れて暮らすことで関係がダメになってしまうこと、彼が自分から離れていってしまうことに対する不安が綴られ、私はそれでも生きていくから大丈夫的な、わりと一方的なお手紙でした。手紙というよりモノローグみたいな。だけど作家さんだけあって、叙情的でなんとなくいい文章だったように記憶しています。

彼は果たしてこの手紙をちゃんと読んだのだろうか、と、ちらっと思いました(本のほうは、彼のタバコの匂いはしみついてましたが綺麗な状態で指跡もついてなかったので、本当にページをめくって最後まで読んだのかどうか、パッと見ではよくわかんなかった)。でもその時の私は彼のことが好きだったので、わざわざ昔の彼女の思い出に浸らせてあげるのも癪だし、と思って元どおり手紙を本に挟んで本棚に戻し、知らん顔をして帰ったのです。

それから、よくありがちなあんなこととかこんなことがあって、私はその恋人とは別れたわけですが、今でも時々、彼はあのお手紙ちゃんと気づいて読んだんだろうかとか、その後マンションを引っ越した彼が、引っ越し先にもあの本を持って行ったんだろうかなどということが、ふと気になることがあります。あるいは彼の新しい恋人は、やっぱり本棚から本と手紙を見つけて、私のように読んだんだろうか、とか。もしもその人と知り合えたりしたら、ちょっと感想を聞いてみたいような気もします。

とは言うものの、このお話のどこまでが本当のお話でどこからが作り話なのか、実は書いた私にもよくわからないのです。なんせ昔の話で記憶も曖昧だし、女の恋は上書きなので。なので、これを読んでみてピンときた方がいらしたら、本棚をのぞいてみてください。それがそこにあったら、このお話は本当のお話です。

#私の本棚 #徒然 #201710 #ほんとうの話 #かもしれない話



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