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認知の最前線へ "野生の思考2/4"

「野生の思考」と現代の認知科学

 レヴィ=ストロースの「野生の思考」は、発表から半世紀以上経った今日でも、認知科学や心理学の分野に大きな影響を与え続けています。特に、人間の思考の普遍的構造に関する彼の洞察は、現代の認知科学研究と多くの点で共鳴しています。

例えば、認知言語学者のジョージ・レイコフとマーク・ジョンソンが提唱した「概念メタファー理論」は、昨日解説したレヴィ=ストロースのブリコラージュの概念と密接に関連しています。彼らは、人間が抽象的な概念を理解する際に、具体的な経験や身体的感覚を基盤としたメタファーを用いることを指摘しました。

レイコフとジョンソンは『レトリックと人生』の中で次のように述べています。

「我々の概念体系の大部分は、メタファーによって構造化されている。抽象的思考は、具体的な経験に基づくメタファーを通じて可能になるのだ」

ジョージ・レイコフ、マーク・ジョンソン『レトリックと人生』、1980年

この考え方は、レヴィ=ストロースが「野生の思考」で示した、具体的な事物を用いて抽象的な概念を理解するという視点と驚くほど類似しています。

さらに、認知科学者のダグラス・ホフスタッターは、人間の思考におけるアナロジーの重要性を強調しています。彼の「流動的概念」理論は、レヴィ=ストロースのブリコラージュ概念を現代的に発展させたものと見ることができます。ホフスタッターは次のように述べました。

「アナロジーは思考の核心である。概念は流動的であり、状況に応じて変形され、組み合わされる。これこそが人間の思考の本質だ」

ダグラス・ホフスタッター

この「流動的概念」の考え方は、レヴィ=ストロースのブリコラージュ概念と深く共鳴しています。両者とも、既存の要素を創造的に組み合わせることで新たな意味を生み出すという人間の思考の特性に注目しているのです。

「野生の思考」と体現された認知

 近年の認知科学では、「体現された認知(Embodied Cognition)」という考え方が注目を集めています。これは、人間の認知プロセスが身体的経験に深く根ざしているという考え方です。この視点は、レヴィ=ストロースの「野生の思考」、特にその具体的な事物を通じて抽象的な概念を理解するという考え方と密接に関連しています。認知科学者のアンディ・クラークは『現れる存在』の中で次のように述べています。

「我々の思考は、脳内だけで行われるのではない。身体や環境との相互作用を通じて行われるのだ。思考は体現されており、状況に埋め込まれている」

アンディ・クラーク『現れる存在』、1997年

この視点は、レヴィ=ストロースが「野生の思考」で描いた、具体的な自然物や社会関係を通じて世界を理解しようとする「未開」社会の思考様式と驚くほど類似しています。つまり、最新の認知科学の知見が、レヴィ=ストロースの洞察の正当性を裏付けているのです。

「野生の思考」と現代哲学

 レヴィ=ストロースの「野生の思考」は、現代哲学にも大きな影響を与えています。特に、ポストモダン思想や脱構築主義との関連は注目に値します。その代表的な存在でもあるジャック・デリダは、レヴィ=ストロースの構造主義を批判的に継承し、脱構築の概念を発展させました。デリダは『グラマトロジーについて』の中で、レヴィ=ストロースの著作を詳細に分析し、次のように述べています。

「レヴィ=ストロースの仕事は、西洋形而上学の脱構築の試みとして読むことができる。彼は『自然』と『文化』の二項対立を問い直し、その境界線の曖昧さを示した」

ジャック・デリダ『グラマトロジーについて』、1967年

デリダの脱構築は、レヴィ=ストロースが「野生の思考」で示した二項対立の解体をさらに徹底させたものと言えるでしょう。

また、フランスの哲学者ジル・ドゥルーズは、レヴィ=ストロースの構造主義を批判的に継承しつつ、「リゾーム」という概念を提唱しました。これは、中心や階層構造を持たない、網の目状の思考モデルです。またドゥルーズとガタリは『千のプラトー』の中で次のように述べています。

「リゾームは、どの点とどの点でも接続可能な多様体である。これは、レヴィ=ストロースのブリコラージュの概念を発展させたものだ」

ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ『千のプラトー』、1980年

このリゾームの概念は、レヴィ=ストロースのブリコラージュを現代的に発展させたものと見ることができます。両者とも、固定的な構造ではなく、柔軟で創造的な思考のあり方を示唆しているのです。

「野生の思考」と現象学

 レヴィ=ストロースの「野生の思考」は、現象学の伝統とも深い関連性を持っています。特に、モーリス・メルロ=ポンティの身体性の哲学との共鳴は注目に値します。メルロ=ポンティは『知覚の現象学』の中で、人間の知覚や思考が身体的経験に根ざしていることを強調しました。彼は次のように述べています。

「我々の身体は、世界の中にあり、世界に向かって開かれている。世界を理解するということは、まず身体を通じて世界と交わることなのだ」

モーリス・メルロ=ポンティ『知覚の現象学』、1945年

この視点は、レヴィ=ストロースが「野生の思考」で描いた、具体的な事物や経験を通じて世界を理解しようとする思考様式と深く共鳴しています。両者とも、抽象的な概念や理論に先立つ、身体的・感覚的な世界理解の重要性を強調しているのです。

「野生の思考」と複雑系科学

 近年、複雑系科学の分野でも、レヴィ=ストロースの「野生の思考」との興味深い共鳴が見られます。複雑系科学は、多数の要素が相互作用する系の振る舞いを研究する分野です。複雑系科学者の第一人者とも言えるスチュアート・カウフマンは『自己組織化と進化の論理』の中で、生命や社会システムの自己組織化について論じています。彼は次のように述べています。

「複雑系は、単純な要素の相互作用から予期せぬパターンを生み出す。これは、レヴィ=ストロースがブリコラージュで描いた創発的プロセスと類似している」

スチュアート・カウフマン『自己組織化と進化の論理』、1993年

この視点は、レヴィ=ストロースのブリコラージュの概念と深く共鳴しています。両者とも、既存の要素の新たな組み合わせから予期せぬ結果が生まれるという創発的プロセスに注目しているのです。

最先端の科学や哲学と共鳴する"野生の思考"

 今日も「野生の思考」と現代の認知科学・哲学との関連性について詳しく見てきました。レヴィ=ストロースの洞察が、半世紀以上を経た今日でも、最先端の科学や哲学の議論と深く共鳴していることは驚くべきことです。

ここで再び、私たちyohaku Co., Ltd.の取り組みとの関連性について考えさせられます。yohaku Co., Ltd.が提供するOpen DialogやCoaching & Self Counselingサービスは、まさに現代社会における「野生の思考」の実践と言えるかもしれません。(大袈裟に捉えられるかもしれませんが…)

目的や結論を求めない自由な対話の中で、余白と自分自身の意思を感じる機会こそがOpen Dialogにはあります。
「資本主義の中で闘い続けなければいけない日々に"余白"を生み出しましょう」

yohaku Co., Ltd.

この姿勢は、レヴィ=ストロースが「未開」社会の思考に見出した価値を、現代社会の文脈で再解釈したものと見ることができますし、実際に私たちも影響を受けている感覚があります。効率性や生産性を重視する現代社会において、「余白」や「間」の価値を再評価することは、人間の創造性や幸福を考える上で重要な視点を提供しています。

複雑系科学の視点からも興味深いものです。目的や結論を定めない自由な対話から、予期せぬ気づきや創造性が生まれるというプロセスは、複雑系における創発現象と類似しています。

つまり、私たちの取り組みは、レヴィ=ストロースの「野生の思考」から現代の最先端の科学哲学に至るまでの広範な知的伝統と共鳴しつつ、それを現代社会の文脈で実践しようとする試みでもあるのです(本当に大袈裟ですが…)。それは、情報過多で効率性を重視する現代社会に対する、創造的かつ人間的な対案を提示したいという想いからきています。



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