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愛とは、他者の生命と成長に積極的な関心を持つことである。 "愛するということ4/4"

東洋思想から見るフロムの愛の概念

 今日はいよいよ”愛するということ”の最終セッションです。内容の具体的なところは本書を手に取っていただくのが一番なので、yohaku Co., Ltd.らしい解説を今日もしていきたいと思います。

フロムの愛の理論は、西洋的な個人主義の文脈で語られることが多いですが、実は東洋思想との深い共鳴点も持っています。特に、仏教や道教の思想とフロムの理論には興味深い類似点があります。

日本の仏教哲学者、鈴木大拙(1870-1966)は、フロムの愛の概念と禅仏教の「無我」の思想を比較し、次のように述べています。

「フロムが説く『与える』という愛の本質は、禅の『無我』の境地と驚くほど似ている。両者とも、自己と他者の二元論を超越した状態で、他者の存在そのものを肯定的に受け入れることを説いているのだ」

鈴木大拙『禅と日本文化』1940年

こうした東洋的視点は、フロムの理論が単に西洋的な個人主義の枠内にとどまらず、より普遍的な人間理解につながる可能性を示唆しています。

アフリカの"Ubuntu"哲学とフロムの愛の理論

 アフリカにおける"Ubuntu"哲学は、要約すると「私たちは、つながりの中にこそ存在する」という考え方を中心に据えています。この思想とフロムの愛の理論には興味深い共通点があります。

南アフリカの哲学者、モゴベ・ラメケ(1945-)は、Ubuntuとフロムの理論を比較し、次のように述べています。

「フロムの『与える愛』の概念は、Ubuntuの『私は、私たちがいるから存在する』という思想と深く結びついている。両者とも、個人の存在が他者との関係性の中で初めて意味を持つことを強調している」

モゴベ・ラメケ

このアフリカ的視点は、フロムの理論が個人主義的な西洋社会だけでなく、共同体を重視する文化圏においても深い意味を持つことを示しています。

ラテンアメリカの解放の神学とフロムの愛の実践

ラテンアメリカで生まれた解放の神学は、社会正義と愛の実践を結びつけた思想です。この文脈でフロムの理論を捉え直すと、新たな解釈が可能になります。

ブラジルの神学者、レオナルド・ボフ(1938-)は、フロムの愛の理論と解放の神学を結びつけ、次のように述べています。

「フロムの『愛するということ』は、単なる個人的な感情の問題ではなく、社会変革の原動力として理解できる。彼の言う『与える愛』は、解放の神学が主張する『貧しい人々への優先的選択』と深く共鳴している」

ボフ『解放の神学』1979年

この視点は、フロムの愛の理論が個人の心理を超えて、社会正義や政治的変革にまで及ぶ可能性を示唆しています。

イスラム神秘主義(スーフィズム)とフロムの愛の概念

 またイスラム神秘主義であるスーフィズムには、神への愛を通じて人間性の本質を探求する豊かな伝統があります。この伝統とフロムの理論には興味深い共通点があります。

イランの哲学者、セイエド・ホセイン・ナスル(1933-)は、フロムの愛の理論とスーフィズムの「ファナー」(神との合一)の概念を比較した上で次のように考察をしました。

「フロムが描く成熟した愛の状態は、スーフィズムの『ファナー』に通じるものがある。両者とも、自己の境界を超越し、他者(あるいは神)との深い結びつきを通じて、真の自己を発見する過程を描いている」

ナスル『イスラームの哲学者たち』1964年

このイスラム的視点は、フロムの理論が宗教的な文脈においても深い洞察を提供し得ることを示しているのではないでしょうか。

フロムの理論の普遍性と文化的特殊性

 これまで見てきたように、フロムの愛の理論は様々な文化的文脈において解釈可能であり、ある種の普遍性を持っています。しかし同時に、各文化固有の価値観や世界観との調和も必要です。例を挙げると、文化人類学者のクリフォード・ギアーツ(1926-2006)は、この点について次のように指摘してくれています。

「フロムの理論の強みは、その核心が多くの文化で共鳴する普遍的な要素を含んでいることだ。しかし、その具体的な表現や実践は、必然的に各文化の文脈に応じて異なる形を取るだろう。この文化的多様性を認識し、尊重することが、フロムの理論を真に普遍的なものにする鍵となる」

ギアーツ『文化の解釈学』1973年

宗教観、そして時代による文化の変化、あらゆる変数が存在する中でこの"愛するということ"の普遍的価値感を正しく捉えつつ、それが机上の空論にならないように"実践"をしていくことがフロムがまさに大切にしていたことです。

フロムの愛の理論の現代的意義と未来への問い

 今日まで4日間に渡り取り上げてきた、エーリッヒ・フロムの『愛するということ』で展開された愛の理論は、様々な文化的視点から見ても、その本質的な洞察の深さと普遍性を失っていません。東洋思想、アフリカのUbuntu哲学、ラテンアメリカの解放の神学、イスラム神秘主義など、多様な文化的背景からフロムの理論を捉え直すことで、その豊かさと奥深さがより一層明らかになります。

フロムの理論の核心とも言える、愛を「与える」行為として捉える視点、自己愛と他者愛の統合、人間の本質的能力としての愛—は、文化を超えた普遍的な価値を持つ可能性があります。同時に、これらの概念がどのように具体的に表現され、実践されるかは、各文化の固有の文脈に深く根ざしています。そこには常に実践を伴って初めて成り立つ理論があるのです。

この普遍性と文化的特殊性の緊張関係は、フロムの理論を現代社会に適用する上で重要な課題を提起しています。グローバル化が進む一方で文化的アイデンティティの重要性も増している現代において、フロムの愛の理論はどのように解釈され、実践されるべきでしょうか。

最後に、フロムの理論は現代社会が直面する根本的な問いにも光を当てていることを取り上げ、問いを投げかけながら締めくくりたいと思います。

  1. テクノロジーが人間関係を媒介する時代に、真の「与える」愛はどのように実現できるのか?

  2. 環境危機に直面する中で、フロムの「生命への愛(バイオフィリア)」はどのように拡張され、実践されるべきか?

  3. 多様性と包摂性が重視される現代において、フロムの愛の理論はどのように再解釈され、より包括的なものになり得るか?

  4. 社会の分断が深まる中で、フロムの愛の理論は異なる価値観を持つ人々の間の対話と理解にどのように貢献できるか?

これらの問いに私たち一人ひとりが答えていくことは、単に理論的な探求にとどまらず、私たち一人一人の日々の生活や、社会全体のあり方に直結する実践的な課題です。フロムの愛の理論は、その普遍性と深い洞察によって、これらの問いに取り組む上で貴重な指針を提供してくれるでしょう。

最後に、フロムの言葉を引用して、この考察を締めくくります。

「愛とは、他者の生命と成長に積極的な関心を持つことである」

エーリッヒ・フロム

この簡潔な定義の中に、文化や時代を超えた深い真理が込められています。この真理を、それぞれの文化的文脈の中で、そして現代社会が直面する様々な課題の中で、どのように理解し、実践していくか。それが、フロムの遺産を受け継ぐ私たちに課された課題なのではないでしょうか。

私たちyohakuが目指すものと"愛するということ"

 フロムの愛の理論が示す深い洞察と、それが投げかける現代的な問いは、まさにyohaku Co., Ltd.が目指す理念と実践に深く結びついています。

自己実現の話でいうと、先日コーチングを受けてくださった方から「この期間にコーチングを受けていなかったら、今私は生きていないかもしれない。本当にありがとうございます。」という言葉をいただきました。境遇にとても辛い気持ちになりながら、なんとか自分の"余白"をその方の時間に使えて良かったと思えることがあり、その時も「幸福論」や「愛するということ」を自分が初めて読んだ時のことを思い出しました。幸福とは遠い日常を生きていると感じてしまうことがあれば、いつでも人の"余白"に頼るようにできるといいかもしれません。

コーチングは自己実現を手助けするものですが、自分の"余白"を誰かのために使えていると感じる意味では、お互いが支え合う関係がコーチングの中にもあるのかもしれませんね。これは、フロムが説く「与える愛」の実践そのものと言えるでしょう。

何事も実践するには"余白"が必要です。何かを始めることは何かをやめることとも言えるでしょう。一度"余白"を持つ時間を作るためにコーチングやダイアローグも是非意識してみてもらえると幸いです。これは、フロムが強調した自己と他者の深い結びつきを実現する一つの方法と考えられます。

いつもかなり専門的な用語や背景を多く取り上げながら、その一部分をなんとか切り出して、あくまで本の解説ではなく思索の構造化を図っています。しかし、私たちは単なる理論的な探求をしたいわけではありません。私たち一人一人の日々の生活に根ざした、実践的な知識の追求と、何でも調べさえすれば分かる現代で、知識がなくともオープンな対話ができる場を作っていければと考えています。これは、フロムの理論を現代社会で具現化する試みとも言えるでしょう。

コーチングのお申し込みも増えてきました。"余白"を掲げながらも、(掲げられているからこそ)私たちの可処分時間も限られているので、興味がある方は是非一度下記も訪れてみてください。

そのような対話と実践の場をつくる為に、yohakuではあくまで現段階における最適解ではないかという仮説の元の手段としてコーチングサービスを提供しています。ヒルティの幸福論から現代の最新の知見まで、幅広い視点を取り入れながら、あなた自身の内面への気付きと物理的、精神的な余白を生み出すサポートをしたいと考えています。日々の生活の中に"余白"を見出し、より豊かで幸福な人生を築いていくお手伝いをさせていただきます。

興味がある方は、ぜひ一度yohakuのウェブサイトもご覧ください。情報が溢れる時代、余白は軽視され、見過ごされてきました。‍しかし、価値はまさにこの余白の中にあると考えています。私たちは余白を再定義し、新しい意味を発見していきます。

「自分で考える」ことが前提のサービスばかりです。これらのサービスは、フロムが説く「愛する能力」を育む実践の場となることを目指しています。興味のある方は是非下記も訪れてみてください。フロムの思想を現代に活かし、より豊かな人間関係と自己理解を築く旅に、私たちと一緒に出発しませんか。


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