書評 「歌集 滑走路」

この歌集は、萩原慎一郎という歌人のものです。彼は悲劇的な歌人で、この本が本格的に出版される前に自殺をしてしまいます。しかし、短歌の大家をはじめとした多くの人々にその才能が惜しまれ、本書が出版されたという逸話が残っています。

僕の好きな歌をいくつか紹介します。

「家にいるだけではだめだ ぼくたちは芭蕉のように旅人になれ」
「毎日の雑務の果てに思うのは『もっと勉強すればよかった』」
「真夜中の暗い部屋からこころから君はもう一度走り出せばいい」
「かならずや通りの多い通りにも渡れる時がやってくるのだ」
「ヘッドホンしているだけの人生で終わりたくない何か変えたい」
「文語にて書こうとぼくはしているがなぜか口語になっているのだ」
「まだ早い、まだ早いんだ 焦りたる心は言うことを聞かない犬だ」
「マラソンで置いてきぼりにされしとき初めて僕は痛みを知った」
「遠くからみてもあなたとわかるのはあなたがあなたしかいないから」
「弾丸のように思いをぶっ飛ばすとにかく前へとにかく空へ」
「ぼくたちの世代の歌が居酒屋で流れているよそういう歳だ」
「東京大空襲走っていきた祖父がいてぼくのいのちがここにあるのだ」
「癒えることなきその傷が癒えるまで癒えるその日を信じて生きよ」
「叩け、叩け、我がキーボード。放り出せ、悲しみ全部。放り出せ、歌」
「いまはまだショックだけれどそのうちに……そうだ、たこ焼き食べて帰ろう」
「だだだだだ 階段を駆け上がるのだ だだだだ、だだだ 駆け上がるのだ」
「生きているからこそうたうのだとおもう 地球という大きな舞台の上で」


「ベランダで沈む太陽みていたら急に切なくなってしまった」(これが僕のベストです。他の俳句が二句、三句切れなのが多い中で、これはまるっきり一つの文になっていたからでしょう)

このように、自分を克己するような歌が多く含まれていることがお分かりいただけるでしょう。それだけこの作者は、過去のいじめや、短歌を作る行為に対する世間からの評判が原因で精神的に追い詰められていたのではと思います。それでもかろうじて自分自身を励まそうという努力として、創作活動に打ち込んでいった。そういった逸話が、この歌からひしひしと感じられるのも、とても面白いです。

この歌人は一般的に賞をとったりと世間からの評価も良い人物で、僕にもその良さがひしひしと伝わってきました。結局自分の人生の思い悩みが多かった人なのでしょう。

短歌の口調が口語的で、しかも若干の自由律であるところも、作者の呪縛からの解放を願ったメッセージだと受け取りました。

あと、「ぼく」とひらがなで書いていることも、何かしら意味はあると思います。

これは堅苦しくなく、ちっぽけな自分だという意味合いが含まれていると考え、作者のその苦悩が伺えると僕は感じました。

この短歌集に出会ったのは、僕が「香道」を習っているからです。文字通り、「香」の道であり、短歌とセットになっているので、短歌集に関心を抱くようになりました。

インターネットで検索した結果、一番有名なものがこの本だと出てきたので、購入して読んでみたら、作者と僕の間に通じるものがありました。彼の創作活動の原点は、どんな困難でも乗り越えてみせるという克己心でした。共通点が見つかるということは、その作品に共感できたあかしということでもあります。そこで、これはいい歌集だと思い、紹介するに至りました。

皆さんも、自分に合う短歌を、人生で1つくくらい見つけてみてはいかがでしょうか?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?