走ることが夢だった7 前半 (フォーミュラ編)

自動車整備専門学校、レーシングスクール、ガソリンスタンドのアルバイト、彼女とのことと忙しい毎日
彼女のことが大切だが、レースのこともあり最優先できない
お互い気持ちはあるのだが食い違ってばかりの日々

半端

彼女は、私とできる限り一緒にいたいと考えてくれる娘だった。私はそんな彼女の無欲さにひかれていた。
ただ、当時の私はレースがあっての話だった。
彼女とレース、私は別のことだと思っていた。
初めての恋愛だったのでわかっていなかったが、女の子にとって自分の事より大切なことがあるのはダメなことのようだ。
アルバイト先の先輩の女性に相談したら、「〇〇君は、〇〇君がレースをやってる事が好きな彼女じゃないと付き合えないね」と呆れられた。
レースをするために、プライベートも充実していたほうがいい。だから彼女が必要。
当時の私には、そういったところがあったように思う。
私が彼女に対してなんでわかってくれないんだろうと思っていたことは私のエゴで、彼女はごく普通の女の子の感覚だったんだと今になり反省する。
問題だったのは私の方で、レースの世界で通用するくらいバリバリだったわけでもなく、彼女の優しさに甘えていたのだろう。

彼女も職場のことで色々あるようだった。
愛嬌のある娘だったので、お客様からは可愛がられているようだったが、先輩社員からは厳しい目で見られることもあるようだ。
若い頃にありがちだが、組織というものが理解できずに苦しんでいた。
それは私も同じだった。
社会人になっていく過程でいろいろな葛藤があった。

そんな日々を送りながら、次のレーシングスクールの日が近づいてきた。
専門学校の学年も2年になっていた。
彼女も落ち着いてきていて、レーシングスクール前日には見送ってくれた。
と言うか、私のクルマ好きをあきらめて来ているのかも知れない。

最後

例により筑波サーキットまで一般道で移動した。前回より早く着いたので、クルマの中で仮眠する。
最後のレーシングスクールになるかもしれない。それなりのタイムを出さなければと心に決める。
朝になり待ち合わせのレストランの駐車場に行くと、例の男がいて軽く説明を受ける。
今回は、F3(FJ1600の2つ上のクラス)のドライバーがインストラクターとして来てくれていることと、ゲーム雑誌の取材があり、スクールとして協力するとのことだった。

時間になり、インストラクターが紹介された。
20代前半の印象の良い好青年だった。
走りについての軽い講義の後、土曜日はオーバルのショートコースで基礎練習だった。
カートの経験と峠での練習のおかげか低速コーナーは攻めていくことができるようになっていた。
ショートコースは乗る前には気づかなかったが、オーバルのコースでも奥のストレートはコース幅が狭いので、ラインどりを変えなくてはいけなかった。
インストラクターはオーバルコースなので、4つのコーナーを同じようにラインどりするようにと説明した。
私は奥の二つのコーナーは、同じようにラインどりができないと説明したが、インストラクターはオーバルだからと私の意見を退けた。
その後に、インストラクターがマシンに乗りコースを数周。
降りた後、私に話しかけて来た。
「さっきはごめんね。奥のストレートはコース幅が狭かったんだね。ラインどり変えないといけないね」
私は驚きが隠せなかった。
間違ってることに気付くと、下位カテゴリーの選手相手にも簡単に謝っちゃうんだ。
スポンサーの付く人は根本的に違うんだなとおもった。
私の周りには今までいなかったタイプの人でした。
後にも先にも私が出会った同世代の方で一番優秀な方だったと思います。

土曜日の練習が終わり、レストランに戻り食事。
宿泊は、レストラン裏の大部屋だ。
レーシングスクールの夜は生徒同士雑談になる。仕事のことや、レースのキャリアや、クルマのこと。
私のいたスクールには、ステップアップを考えているバリバリの人はいなかった。
多かったのは、レーシングカーに乗るのはこのスクールでが初めてと言う人だった。
そんなところにインストラクターの青年が缶ビールを持って入って来た。
私はとても興味があったので、自分から話をしてみた。
聞くところによると、九州出身で京都大学に進学したらしい。レースに興味を持ち大学の友達に、「オレ絶対レースやるから」とか言っていたら、レースの情報が友だちづてに入ってくるようになったらしい。
私は「レースやると友達減りませんか?」と質問した。
インストラクターは、「確かに価値観が変わるから友達は減ると思う。ただ、レースでしか経験できないことやレースを通してしかできない絆のある付き合いができると思うよ。
みんな人付き合いで悩むと思うけど、レース屋さんは基本的に速い人が好きだってことは、覚えておいてほしい。
インストラクターで来ていて言うのもなんだけど、こんなやり方のスクールの運営してたら、いつか痛い目見ると思うよ」
私はそれを聞いて友達になって欲しいと思った。ただ明らかに御身分違い。
私には、この方のいる世界にはいけないんだと冷静になる。
走りについても教えてくれた。
「サーキットのコース図を見るとわかると思うんだけど、どのコースもコーナーの区間よりストレートの区間のほうが長いんだよね。ストレートをいかに速く走れるかでタイムは決まるんだよ」
意外な一言だった。初めて聞いた考え方だった。
さらに続く。
「コーナーリングってクルマにとっても人にとっても辛いんだよね。コーナリングは速く終わらせて、ストレートを気持ちよく走りたくない?
オレ、レーサーだよ。速く走ってるオレかっこいいわ。みたいに自分に酔ってさ」
それを聞いてなんて頭のいい人だろうと思った。
イメージトレーニングを教えるとかじゃなく、会話の中に盛り込めるんだこの人はと。
多摩テックでのカート大会で、プロのレーシングドライバーは別次元にいるわけじゃないと感じたが、このインストラクター別次元の人だと思った。
この人の話は私の気持ちをポジティブにしてくれた。私がこの後の人生でアウトローの道に進むことを踏みとどまったのは、この人との出会いがあったことも少なからず影響していた。

話が終わり、私は日常に帰る。
彼女に電話しなくてわ。レストランの公衆電話を借りる。テレホンカードが使えない。
ちなみに携帯電話が無料で契約できるようになる一年くらい前の時代ある。
レストランで両替してもらい電話する。
彼女は、電話の子機を部屋に持ち運び連絡を待っていた。
自分だけ楽しんでいたのが申し訳なく思い優しく呼びかける。
彼女には、スクールで何があったかの話はいらない。元気だってことと明日の夜には帰るからってことで十分だった。
寂しそうだったので心は痛むが電話代に制限があるので、目一杯優しい言葉をかけ電話を切る。
待っている人がいると言うことが私を強くしていた。
日曜日の走行の為に早めに床につく。
さあ、明日はタイムアタックだ!

7 後半(フォーミュラ編)へ続く

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