RICO-君と生きた青春 13 夢のような戯れ Part-3 真夏の昼下がりに

 週が明けると夏休みまでの高校の授業は残り少なくなってきた。君は勉強していると言い張るが、部屋では教科書を開けるのすら見たことがない。訊ねると期末テストも先週既に終わっていたと言う。学校本当に大丈夫なの?と軽く問い詰めると、ボクは影で努力するタイプなのと涼しい顔ではぐらかす。
「だって、実クンといる時は、実クンだけ見てたいの」
と、涙が出るようなセリフを潤んだ瞳で訴える迫真(?)の演技を見せられ心を惑わされた僕は、簡単に言いくるめられてしまう。
 その後、一学期の学校生活が滞りなく終了すると、終業式の夜、夏休みの間中はこの部屋に居座ると一方的に宣言した。半同棲生活も、並行して、何事もなく続いてしまっているのだが、それはさすがにダメだろういう否定的な発言に、毎年そうしてるから大丈夫だよと反論した。どれだけ放任主義なんだと心の中で突っ込んでも、自然と頬が緩んでしまった。ママに夏休みの間は友達の家にはしごして泊まり歩くと言ってくるから二日ぐらい戻らないと、消息不明を事前報告してくれたので、七月の終わりに予定されていた野球観戦は、久しぶりに叔父を連れて行きたいからと僕も事前に申し出たら、その日は家に帰ってるから楽しんできてとすんなり了承してくれた。しかしその素直さには裏があった。君が涼しい笑顔を見せ、放った言葉に背筋が凍った。

「次の日は、その分たくさんセックスしようね」

 この時から消息不明日は申告制になった。

 八月に入ると、気温、湿度を乱高下させていた優柔不断な陽気は、突然本領を発揮し始める。
 夏本番。僕が最も苦手とする暑い季節がやって来た。派遣先のオフィス内はどこにいてもエアコンが最適温度に保ってくれているけれど、プライベートの空間は容易に全てをカバーできない。蒸し風呂のような室内を想像して帰りの足取りが重くなったりもする。
 僕の部屋は、中年のおっさんが可愛い娘と過ごす夏の室内環境としては、決して芳しいものではない。二人の暮らしは想定外だから、余り広くない空間での一人増員は暑苦しさ、息苦しさが激増する。しかもそれがハイテンション娘の加入では冷房を稼働していても汗が流れる。
 猛暑が始まってから初めての週末。昨日の熱帯夜から引き続き猛暑の気配を感じる朝。睡眠力が暑さに負け、我慢できずにベッドを出た。夏は苦手だが、睡眠環境には神経質で身体の冷え過ぎで体調を崩さないよう、寝室のエアコンを点けっ放しにはしない。入眠後二、三時間稼働のタイマーをセットして、フルタイムは扇風機の弱い風のみで賄う。結果的に汗だくで目覚めるのは仕方がないと考える。寝室を出て、リビングに入ると、設定温度が高いエアコンの冷気でさえ、けだるい身体には心地よく染み渡る。恐らく同じ理由で先に起きていた君は、エアコンを点けただけでキッチンテーブルの椅子に座り、ただまどろんでいるようだ。
 室内を真冬のように極端に冷やすのは苦手だ。寝室の扇風機を近くに置いて快適環境のサポートをさせ、僕は徐にテレビを点けると画面をダラダラと眺めた。休日でも朝から暑いと何もやる気になれない。まだ午前中だからいいやと何もしないことに後付けの理由を考え、ソファに深く沈んでいた。
 梨子は、出会った頃の、回し車の中のハムスターのような、泳ぎを止めると死んでしまうマグロのような突っ走りは影を潜めた。でも些細なことで爆発し、僕を陽気にふり回すのは変わらず日常茶飯事だ。そんなことを気にしながらも、雑踏に立てば誰もが振り向く美少女であることに変わりはないから、テレビに向かうより君の美しさを黙って観賞している方が断然楽しい。
 衣服は部屋に来た頃から変わらず、僕のモノを身に着けている。ユニクロで買った女モノのTシャツと、女の子っぽいワンピースがあるのに、君は僕の短パンとTシャツをだらしなく着こなす。暑さのせいでブラジャーを着ける機会が減ってしまい、乳首が可視化された姿も習慣化しつつある。立膝をして椅子に座るのも相変わらず。でも見慣れて何も感じないとう感情は生まれない。『美人は三日で飽きる』と誰かが言ったが、それは美人が近くにいない人間の負け惜しみで、明らかに間違いだ。気を許すと健康的で、まだ十代なのに時折見せるアンニュイな艶っぽさに僕の性的欲求は昼夜を問わずかき立てられてしまう。
「ねえ、セックスしよ」
 そして君は突然ねだる。幼い子どもたちが遊びに熱中すると時間も気にせず、汗も拭かずにのめり込むのと同じように、君にかかれば時間と気温は好きなことをヤリたい瞬間には何の意味も為さない。
 自分で求めておきながら、いざ事を始めると『汗かくから実クンがいっぱい動いてね』と囁く。暑い季節に猫が冷たい木の質感を愛でるように、君は無造作にフローリング床に身体を投げ出し、両手両脚を開く。声に出さずねえキテと口だけ動かし、おどけた笑顔で僕を見上げ誘っている。汗ばむ上半身のTシャツを既に捲り上げていて小ぶりだが形のいい胸が楽しそうに顔を出す。下半身はそれに輪をかけていつの間にか全く無防備で、晒され僕のモノを心待ちにしていた。
 これから君に僕のモノをハメるのだけれど、僕は既に君にハメられてもいる。君がねだる前、先に無意識の内に欲情している気配を敏感に察知していた。そしてあたかも君発信に見せかけている提案も、元を正せば僕が誘導している。つまり梨子に言わせれば僕が要求したことであり、君は僕に服従しているという図式が暗黙の内に成り立つということなのだ。

 イッツァ・トラップ!(byスター・ウォーズ)

 喜んで罠に囚われた一面もあるが、勃起しながら僕は違うことを考えていた。
「ねえ、ヤル前にさ、さっぱりしてきちゃダメ?」
「昨日の熱帯夜でアソコも汚れてる汗臭いジョシコーセーを、チン○が汚い汗臭いおっさんが犯すシチュエーション、実クンは欲情しないの?」
 これからヤラれようとしている女の子が、朝っぱらからよくそんな下品なエロ話ができるなと大いに呆れてしまう。
「欲情する」
 否定できないのも事実。
「じゃあ、このままキテ、すぐにキテ。お願い」
 急に甘い鼻声で僕を呼ぶ。気の緩んだ大砲が瞬く間に臨戦体制に姿を変え突入する準備が整う。
 まるで秘密基地に到着する宇宙船のように、僕は両手両脚を広げた梨子にゆっくり着岸すると、直後きつく抱き締められた。目標の花園付近を突く昂りの先端を、右手で掴み、ノールックで梨子の入り口に押し当てた。

「あっ」

 君の呻きは、普段の威勢のよさとは打って変わっていつでもしおらしい。そのギャップにおっさんは大いに萌えてしまう。
 程なく膣内(なか)に埋まると、君は両脚を腰の辺りに強く絡め、僕の身体をロックした。
「今日は大丈夫なの?」
「ぜんぜん平気だよ・・・」
 二人は耳元で囁き合った。
 遠くでセミの鳴き声がする。ミンミンゼミのようだ。他には冷房の送風が呟くように響き、実家から持ってきた十年選手の扇風機が当てのない方を向き、息を切らせてがなり立てている。
 住宅街なのに、周囲は静寂に包まれていた。
 僕たちの行為を、知らないみんなが固唾を飲んで見守っているような気さえする。
「何だか静かだね」
「みんなに何処かでじっと見られているような気がする」
「じゃあ、誰に見られても平気なスゴイセックスしよ」
「スゴイセックスってよく分からないよ」
「ボクも」
 二人は顔を見合わせて吹き出した。
 そして唇を重ねた。深く吸い付き舌を絡める。一度離し、お互いの頬に軽く挨拶を鳴らす。再び深く吸い付き、唾液を流し込む。君が喉を鳴らして飲み干すと、僕の口の中にお返しをくれる。甘酸っぱい果汁のような唾液を、僕は喜んで喉の奥に流し込む。唾液の味はいつでも違うから毎回新鮮な驚きを届けてくれる。梨子の中で更に膨張しているのが判る。お互いの舌が相手の粘膜を舐め回る。歯茎の裏、おもて、頬の裏、歯の表面。お互いの息遣いが二人の高揚感を煽る。唾液が滴るお互いの舌を唇をすぼめて吸い合い、前後に動かし摩擦する。必死に対抗した梨子の口内攻めは、気を許すと簡単に気を失いそうになるほど進化している。しかし僕も進化していた。意識レベルは辛うじて保たれている。
 腰は滑らかに上下動を繰り返し、下半身も独自に行為を進めている。
「み、実クン、ドーテーからすごく進歩したね」
「だから童貞じゃないって」
 お決まりの掛け合いも二人を高みへと運ぶアイテムになった。
 僕は腰の動きを止めず、梨子の瑞々しく張りのある肌を指先で優しく弄んだ。君の肉体は時折小刻みに痙攣したり、驚いたようにピクッと跳ねた。その刺激に耐えているように眉間に皺を寄せ、唇を噛んだ。こんな梨子を見たのは初めてだった。
 生き物の交尾は繁殖目的だ。オスが射精をしなければ後世に遺す卵は作れない。本能の行為に愛はないと考える。愛情が伴う性行為或いは、繁殖目的ではない性行為をするのは人間だけの特殊能力ではないかと、浅はかな考えを僕は抱いていた。
 その観点から、愛情のみが突き動かすセックスを人間がする場合、ただ単に腰を突き出しているだけでは、男性の征服欲や自己の満足感が満たされるだけで、相手の女性に対する配慮は一切感じられない。アダルト動画のように、事象だけを見せて利用者に刺激を与える目的だけの行為ならそれでも構わない。だが愛情を前面に押し出すのであれば、性器以外の部分での肌の触れあいから、お互いの優しく、時には激しい思いやりを感じることで本当のセックスは成立する。男の激しい腰の動きだけで女性がイケるとは到底思えない。それはお互いの愛情を確かめる為の一つの手段に過ぎない。その先の射精は蛇足で、相手の真の愛情を確かめた女性が、寛容な心で受け留めてくれるに過ぎない。その確かな証が妊娠だ。
 頭でっかちな理論が実践できるとは夢にも思わなかった。でもその答えが近づいている。梨子は無口になり、切ない吐息が何度も漏れる。顔の紅潮は健康的な色づきを見せる。二人の間に響く音は、まるで何人もの子どもたちが無邪気に戯れる水辺のようだ。僕は僕が持ち得るあらゆる知識、あらゆる部位を駆使し、実践した行為が君を絶頂へと導いている。
 そう感じた。

「実クン、もう終わりにして。ボク壊れちゃいそうだよ」
 梨子の声は切なかった。
「う、うん、分かった」
 僕はもう一度唇を強く重ね。腰の動きに集中した。しかしこれは蛇足だ。男のただの自己満足だ。僕が終わる時には君も一緒に終わるよう五感を駆使し、愛し続けた。
 長い時間をかけて唇からから零れ落ちる君の喜びを聞いて、僕は安堵の迸りを君に送った。
 時計の針はいつの間にか午後のエリアに突入していた。
 僕は君を見つめ、厚い唇に軽く挨拶した。
「実クン、ありがとう。ボクこんなの初めてだよ」
「僕もだよ」
「だって実クンはつい最近ドーテー解消したばかりだもんね」
「だから違うって」
 投やりな週末の昼下がりが、思いもよらない二人の一大イベントに発展した。
 僕たちは夕方まで抱き合ったまま、余韻を楽しんでいた。元々付着していた汚れに、更に心地よい汚れを追加した二人の肉体は、やがて化学反応を起こし異臭を放ち始めた。空腹感にも襲われお腹が鳴った。何が起こっても二人は顔を見合わせて笑ったまま、まるで殺人現場と化したリビングの床を動こうとは思わなかった。それよりも、このまま死んでもいいからいつまでも抱き合っていたいと思った。

 辺りは暗くなり、庭で花火をしてはしゃぐ近所の子どもの声が聞こえた。僕が身体を起こし部屋の明かりを点けようとした時、君はそれを制した。
「今日はこのまま過ごそうよ」
 暗がりに目が慣れて、君の顔もはっきり見えた。眩しい光がないだけで、猛暑を浴びた部屋の中が涼しく感じた。
「そうしようか」
 二人はゆっくり起き上り、情事の後の『殺人現場』を掃除した。お風呂も暗いまま入ろうよと君が言ったので、面白そうだとすぐ同意した。
 洗い場でお互いの身体を泡だらけにした。光は幅三十センチ、高さ九十センチほどの滑り出し窓から差し込む街灯の灯りしか届かない。暗がりに目が慣れた二人にはそれだけで十分だった。にもかかわらず、そんなトコ掴むなよとか、きゃっドコ触ってんのとか、わざと敏感な部分を刺激し合い、バカ笑いが響く。明かりのない浴室から聞こえる狂喜の声は、外から聴けば異様だったに違いない。二人は近所から届くクレームの恐れさえ気にせず夢中になった。
 異常に上昇したテンションが納まると、お互いの身体の汚れを丁寧に洗い流した。梨子の瑞々しく張りのある肌は、容易に水を弾き清々しい湯気を立ち昇らせ光輝く。若い肉体に人工の光など必要なかった。
「梨子はやっぱり、綺麗だな」
 何の下心もない本音が自然に零れた。
「実クンの身体も歳の割には崩れてないよ」 
「それ褒めてるの?」
「うん」
 君が微笑む。
 綺麗な身体にもやっぱり欲情する。
「またスル?」
 また、見透かされてしまった。
「スル」
 一般家庭の浴槽は、どんなに大きくても大人二人では窮屈だ。その抑圧の中でする行為は欲情を大いにかき立てる。
 僕が先に湯船に浸かる。梨子は対面して僕にまたがり、湯船に身体を沈める。それだけで二種類の性器は容易に結合を深める。二人は綺麗な身体で抱き合った。君は僕の左肩に顔を乗せ、うなだれた。次第に全身の力が抜けていき僕に委ねられる。君のか細い背中を強く抱き締める。
 張りはあるが小さな胸は、僕の貧弱な胸板でさえ容易に潰れ、触れあう表面積は広がる。君の質量を感じ体温を感じ、鼓動を感じる。指先が肌の表面を移動するだけでも君の反応は凄まじかった。心も身体も異常なほど敏感だった。僕が心配するほど君は激しく上り詰めた。梨子の中で何かが外れた。僕も必死に応えたが、二人はわずかな腰の動きで、頂点を迎えてしまった。
 長時間の入浴でのぼせた二人は、身体の表面に残る水分を拭き取ると、そのままベッドに倒れ込んだ。満たされた心は空腹感をも上回り、抱き合ったまま二人は深い眠りに就いた。

#創作大賞2022

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