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【怖い話】人恋しい子供の話

わたしの、古い知り合いの話。

彼女の家は、家族でお花屋さんをやっていました。
お花屋さんとはいっても、一般的な花束やフラワーアレンジメントではなく、冠婚葬祭、特に、お葬式にまつわるお花の配達をメインにしていたお店だったそう。

彼女が保育園に入るまで、保育園に入ってからも、保育園がお休みの日は、子守りをする手が足りないので、お父さんが運転する配達のトラックに乗せられ、あちこちのお寺や葬儀場を回ったそうです。

お葬式というものが、人が死ぬということが、普通の子供より、ずっと身近にあった女の子。そんな彼女のことを、仮に、花ちゃん、と呼びましょう。

花ちゃんが小学校に上がる少し前の頃のこと。

その日、お花を配達したのは、トラックが入るのがやっとの細い道をくねくねと下っていった先にある、山間にある小さな集落でした。
お父さんが小さな集会所に花籠を運びこむ間、花ちゃんは、トラックのそばにしゃがみこんで、地面に絵を描いて遊んでいました。

「なにしてるの?」

ふいに、後ろからそんな風な声がかかりました。
それは、自分とそれほど変わらない年頃の、男の子の声に聞こえました。

「お父さん、まってるの」

引っ込み思案だった花ちゃんは、しゃがみこんだまま、顔も上げずに答えます。

「おいていかれたの?」
「ちがうよ。すぐもどってくるもん」

少しむっとして言い返すと、声はくすくすと笑いました。

「かわいそうだね」
「かわいそうにねぇ」
「おんなじだね」
「かなしいねぇ」
「さみしいねぇ」

気づけばその声には、いくつもの子供の声が重なりあっていました。
男の子の声、女の子の声。幼い舌ったらずな声、少し大人びた声。

「そういったよ」
「いったよね」
「でも」
「もどってこなかった」
「うん」
「そう」
「そうだね」
「こなかった」
「こなかったね」
「ほら」
「おんなじだ」
「おんなじだねぇ」
「さみしいねぇ」
「さみしいよね」

声と一緒に、背中にのしかかってくるような嫌な気配が大きくなっていきます。

花ちゃんは黙ってじっと、地面の上の書きかけの絵を見つめていました。
怖かったというのも、ありました。
でも、たぶん振り向いてはいけないんだろうなと、何となく分かったのだそうです。

「でも」
「いっしょなら」
「さみしくないよ」

背中に垂らした長い髪をがくんと引っ張られて、すとんと尻餅を付いた瞬間──

異様な気配は、ふっと消えて無くなりました。

……何だったんだろう?

尻餅をついたままきょとんとしていると、ようやく仕事を終えたお父さんが、慌てた様子で戻ってきました。

お父さんに指摘されて初めて気づきました。
腰に届くほど伸ばしていた花ちゃんの髪は、中ほどでばっさりと切り落とされていました。

不思議なことに、いえ、まあ、花ちゃん自身は、あまり感じなかったそうですが、切り落とされたはずの髪の束は、どこにも残っていませんでした。

……結局、花ちゃんがふざけて自分で自分の髪を切った、ということになって、お母さんにめちゃくちゃに怒られたそうです。

ただ、花ちゃんに髪を伸ばすよう言いつけていたおばあちゃんだけは、よかったよかったと短くなった花ちゃんの髪を撫でてくれたのだとか。

そんな、お話。

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