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アラスカスキー山行記 8話-2:最後の景色

早めに登山を切り上げたことで、眺望を求めて移動するには十分な余裕ができた。山も空も雪もオーロラも、僕とは無関係にそこにあって、それでも僕は僕自身でもって、その景色を手に入れたと言いたいところだけど、やっぱりちょっとおこがましいな。

デナリを前に思うこと

 2018年3月22日。持て余した時間に、何かやり残していることをやろうと考えた結果、しっかりとデナリを眺めておこう、ということに決まった。
 ワシラという町で少しの買い出しと給油をしてからハイウェイを北に進んだ。ルース氷河に向かう飛行機の発着点だったタルキートナへと向かう分岐を過ぎると、氷河からの下山予定地点だった橋があって、一度車を停めた。周辺は林で景色に乏しいが、写真を撮り、山の向こうから滑ってくる自分を夢想したりなどした。

 見晴らしの良い場所を求めて車を走らせると、デナリの展望公園のようなおあつらえむきの場所を見つけた。僕のマットが壊れていたこともあって、この晩はこの場所で車中泊をすることに決めた。
 路肩に車を寄せてハザードランプをつけ、車内を整えていると、何かあったのかと声をかけてくれる人が何人もいたらしく(Y談。僕は車を離れていた)、路肩で車中泊をするのは危ないからやめた方がいいと言われたそうだ。そこで車を少し移動し、路肩の雪の浅いところになるべく深く、衝突される心配のないだけ乗り上げて、ハザードランプは消したままで寝ることにした。

 雪を踏み分けて公園の奥へ行くと展望台があった。この日も相変わらずの晴天で、空気も澄んでおり、遠くの山々の着雪の様子まで肉眼で観察できそうだった。デナリを眺めていると、旅の終わりが近づいているのを感じると同時に、あとどれくらいの間、自分はこの景色を脳裏にとどめておけるだろうかと考えてしまった。冷えた空気ごと景色を焼き付けておこうと、何度も胸いっぱいに吸い込んでみたけれど、そのたびにさみしさが募っていった。

それはたむけのように

 3月23日。午前2時頃、Yに起こされた。オーロラが出ているという。車のドアを開けて北の空を見上げると、確かに緑色の光の線が見えた。Yはマットとカメラと三脚を携えて車を出て行った。僕は危うく二度寝しそうになったが、ちゃんと見ておこうと思いなおし、カメラを持って外に出た。

 オーロラの色は1色で、それほど大きくはなかったのだろうが、少しずつ形を変えたり、目に見える速さで揺らめいたりしていた。何だかよくわからない。きれいとかすごいというより、不思議だなという感想を持った。僕のコンパクトデジカメの夜景モードでも一応撮影できたが、Yの一眼レフカメラはやはりよく撮れていた。

 最後のタイミングで現れたオーロラに、幸運という以外の言葉を持たない。よくわからないものから贈られた何かだと言われたら信じてしまいそうだった。オーロラの光の手前でデナリの陰もくっきりと見えていて、僕らはそれを背景に、シルエットだけの記念写真を撮った。

8話完、9話に続く

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