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筋違い

ドライヤーが壊れた。

持ち手の部分のネジが取れたようで、折り畳み式の可動部分を動かすたびに取れてしまいそうな不安な音がする。温風を出す部分については引き続き使っていけそうな感じなので、なんとかごまかしながらそのまま使っていくことにした。

それから数日が経ったころ。今度はヘアーアイロンが壊れた。

こちらは完全な大破だった。トングのような形状をしたタイプのヘアーアイロンだったのだけど、その可動部分からバッキリと折れてしまった。原因は母親が落としたから、らしい。俺が今手に取るまで黙っていたのは腹が立つけど、うちの母親はそういう性格だから仕方ない、と、腑に落とした。

買い物へ行かなければ。

そう思った時に、恋人からのメッセージが着信した。
「今度の休みにどこか出かけようよ。」
こいつがこんな風に申し出るのも珍しい。付き合い初めのうちはいつもどこかへ行きたい、美術館へ、博物館へ行きたいと言っていたけれど、俺としては特に腹も満たされないような芸術とか知識とかは興味がないし、何を好き好んで休みの日にわざわざ人の多い都心へ出て行って人の多い場所へ行って電車代と入場料を無駄にしなければならないのかと思い、「遠いから嫌だ」と一蹴していた。その甲斐あってか、ここ2年ぐらいは何も言わなくなっていた。

正直面倒くさいと思ったが、今回は俺も外に出る用事がある。こんな風にタイミングが合う事もあるんだな。
「買い物と飯で良ければ。」
お互いにメッセージの折り返しが早いから、予定を決めるときは一瞬だ。

翌日、お互いに起きた後に連絡を取り合って、時間を合わせることにした。

付き合い初めの頃は、雑談やら「こうしてほしい!」みたいに色々とたくさん喋りかけられたが、話が長くて面倒なので、一言だけで返していた。それと一度ケンカした時に相手のすべて無視をして反省させたおかげか、最近はすっかり大人しくなった。俺としては、過ごしやすくなって何よりだった。話が長いのは、母親を思い出させられるから苦手だ。

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「何時からにする?」

起きて一番にメッセージを送る。午前11時は、俺にしては早く起きた方だ。褒めてほしいぐらいだな。
ややあって、折り返しがくる。
「ごめん、まだ起きないと思ってて、映画見に来てる。上映が12時ごろからで、14時ごろまでには終わると思う。」
たしかに、いつも自分が起きるのは大体13時ごろ。待ち合わせを考えると、それぐらいの時間まで見積もられても無理はない。
「その時間に合わせて向かう。」
飯はどこで食べようか。買い物はヘアーアイロンだけでいいか…。
などなどと考えた後、身支度を済ませて、家を出た。

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「ごめん、お待たせ!」
「うん。」

恋人は遅れてきた。
最近は忙しいようで、以前のように俺の家に泊まりに来ることも減った。
その代わりか、ノーメイク上等だったのが、最近はしっかりメイクする事が増えてきた。女性はキレイでいてくれた方がいいので、この変化は嬉しいものだった。
しかし元々美容に無頓着であるおかげか、髪型が整えられないのだけは直らないなぁ、と、思っていたが、今日は比較的まとまっている。
「なんの映画見てきたの?」
「ずっと好きな本が原作の映画!たぶん君は好きじゃない内容だから、今日一人で見ちゃおうと思って!」
顔はここ数か月で一番と言ってもいいぐらいに生き生きとしていた。かわいい。
「だから髪の毛もまとまってるのか。」
「…いや、そういうものじゃないけど…。まぁそれでいいよ。」
苦笑して言いよどむ顔もかわいい。

そのまま遅い昼飯を食べ、買い物を済ませた。
一緒に俺の家へ帰るものだと思ったが、どうも家で内職することがあるらしいから、今日は駅で分かれる事になった。
「じゃっ、また来週!」
「うん。」
軽く右手をつないで、別れる。いつもの別れ際の合図だ。別れて、俺は自分の路線のホームへ歩き出す。恋人は、改札の方へ。

ぱきっ

右耳のあたりで、何かが割れたような音がした。違和感を覚えて、右手方向を見る。恋人の背中が一瞬見えたが、すぐに下り階段へ消えて行った。
何か割れた物が落ちているようにも見えない。右肩のあたりを軽く払ってみるが、何もない。耳の不調か?と疑う。最近首が痛いから、首の筋が勝手に伸びて聞こえただけの音かもしれない。そういえば首の痛みが少し楽になった気がする。首を鳴らすのは色々とよくないと言うけれど、首を回すと楽になるからついやっちゃうんだよなぁ。

さて、来週の休みまで、また仕事で暇をつぶすか。

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