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司法関係者が使いがちな「本件〇〇」という用語法【ニッチすぎる法律解説】

法律用語で、一般に使われる意味と違う意味のものがあります。たとえば「善意・悪意」「社員」「期日」といったものです。

また、法律業界では世間と違う独特の読み方をするものがあります。「遺言(いごん)」「競売(けいばい)」「兄弟姉妹(けいていしまい)」「境界(けいかい)」とか。

どの業界でも、特有の言葉や用語法ってありますよね。

法律実務における「本件〇〇」

今日ご紹介したいのは、わが村でよく使われる「本件〇〇」という用語法です。

たとえばどんなふうかというと、こんな感じです。

本件は,漫画家兼芸術家である被告人が,被告人の作品制作に資金を提供し
た不特定の者6名に自己の女性器をスキャンした三次元形状データファイル(以下「本件データ」という。)をインターネットを通じて送信して頒布し,被告人が販売する商品を購入した不特定の者3名に本件データが記録されたCD-R(以下「本件CD-R」という。)を郵送して頒布したという事案である。

このように、「本件」+一般名詞で使います。私はこれを「本件の定冠詞的用法」と名付けています(いま名付けました)。

訴訟は、具体的な事案に即して、特定の出来事や個別の行為を問題とするものです。なので、その訴訟で問題としている特定の事柄を指す意味で、「本件」という言葉を付けて、対象を限定しているのです。

私これ、法律村に入村する前には使ったことがありませんでした。見聞きしたこともなかったような気がします。いつの間にか、当たり前のように使っていました。

ネット辞書で「本件」を調べてみても、この定冠詞的用法は見当たりませんでした。

1 主となる事件。警察が本来取り調べようとしている事件。別件に対していう。
2 この件。この事柄。
goo辞書「本件」
この件。この事件。 「 -は原審差し戻しとする」
Weblio辞書「本件」

世間でどれくらい使われているのかなあ、googleで検索してみました。

検索ワードは
"以下「本件" or "以下、「本件"
にしました。

上記の最高裁の例にもあるように、「本件〇〇」は「以下~~という。」というように定義されることが多いのでは、と予測したのです。

その結果、約91,300件がヒットしましたが、その多くは、各種契約書、規約などの文書や、判決の解説など。法律家が直接間接に関与していそうなものでした。

ということで、ちょっと強引ですが、「本件の定冠詞的用法」は、司法業界特有の用語法であるとみてよいのではないかと思います。

定番の「本件〇〇」

よくみられる使い方としては、次のようなものがあります(件数は判例データベース「判例秘書」での検索ヒット数)。

・人や法人を指して、「本件被害者」(1222件)、「本件会社」(1291件)といったもの
・モノを指して、「本件不動産」(5398件)、「本件文書」(1450件)といったもの
・取引を指して、「本件契約」(9363件)、「本件貸付」(2389件)といったもの
・行為を指して、「本件暴行」(950件)、「本件支払」(756件)といったもの
・出来事を指して、「本件交通事故」(1311件)、「本件災害」(362件)といったもの

同じものが複数あるときには、「本件不動産1」「本件不動産2」といったように、後ろに番号を付けるのが最近の流行です。

「本件〇〇」を見れば事件が分かる

「本件〇〇」は、次のように定義された上で用いられるのが普通です。

(以下「本件〇〇」という。)

定義があるということは、その言葉がその判決や文書の中で何度も出てくる、重要なものだということを意味します。

そのため、どんな「本件〇〇」が使われているのかを見れば、事件のポイントが分かることがあります。

本件パジャマ」で検索すると、有名な袴田事件の再審請求事件が出てきます。袴田さんは、当初、パジャマを着て犯行に及んだと「自白」していました。その後の捜査で「別の犯行着衣」が「発見」されたことから、このパジャマとの関係が問題となっていたのです。

本件ツイート」では、裁判官がTwitterに投稿した内容が懲戒事由に該当するかどうかが問われた事件や、最近話題の誹謗中傷、名誉棄損関連のものが出てきます。

本件松茸」は松茸の採取権や松茸の密輸が問題となった事件、「本件しいたけ」は椎茸の育成権が問題となった事件がヒットします。ちなみに、「本件しめじ」はヒットしませんでした。

ある訴訟の中で、別の訴訟の経過が問題となることがあります。そのような場合に使われることがあるのが「本件別件訴訟」。なんかこう、合ってるんだか間違ってるんだか、という感じです。

サイレント「本件〇〇」

「本件〇〇」が定義されずに用いられるケースもあります。これを「サイレント本件〇〇」といいます(いま名付けました)。

定義し忘れているとみられるもの(稀によくある)は別として、

①刑事訴訟における公訴事実(「本件公訴事実」)
②民事訴訟における原告の請求(「本件請求」)
③裁判所が申立てをしりぞける場合における、その申立て(「本件控訴を棄却する」「本件訴えを却下する」における、「本件控訴」「本件訴え」)

といったものがこれに当たります。

②と③を組み合わせると、原告の請求をしりぞけるときには、「本件請求を棄却する」となりそうなのですが、これは「原告の請求を棄却する」といいます。なぜなのかはよくわかりません。

「本件〇〇」の留意点

「本件〇〇」を定義するのに決まったルールはありません。

ただ、私は、「〇〇」の中身は中立的な表現を用いるように気を付けています。

証人について、「本件正直者」とか「本件嘘つき」とかいう定義するのは不当でしょう。このように言いたくなるときもありますが、ぐっとこらえて。

被害があったかどうかが争われているようなケースでは、「本件被害者」ではなく、「本件男性」「本件女性」。

ただ、あまりフラットにしすぎると、事件の本質が読み手に伝わりにくいのでは、と心配になることもあります。

多少のメッセージを込めつつ、相手方からも異議が出ないような、良い「本件〇〇」を目指したいものです。


最後まで読んでいただきありがとうございました。
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