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給湯器と10円玉のこと

先日、ガス周りの定期検査があり、業者のお兄さんが我が家にやってきた。

ひと通り作業を終えた彼が
「給湯器、音がうるさいので取り替えたほうがよいですよ」
と私に告げた。

いやいや、給湯器はそもそもうるさいものだろう。不調を感じたことは一度もない。お湯もちゃんと出る。

…はは~ん、そういうやり方か。その手には乗らんぞ。狡い商売をしてやがる。
「おいガス屋!それがお前のやり方か!」と食って掛かりたかったが、大人なので冷静に対応した。

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俺「取り替える?お湯出ますし、別に大丈夫ですけど」
ガ「いやいや、普通はこんな音しませんよ」
俺「うーん、最初からこんなもんでしたけどねぇ」
ガ「いまは音だけですけど、このままだと事故とかもあり得るんで」

埒が明かない。私は一歩踏み込みこんだ。

俺「ま、一応ってことでお尋ねしますけど、おいくらくらいかかるんですか?」
ガ「マンションの管理費からいただくので、お代はかかりません」
俺「タダなんかい!」

食い気味&ニセ関西弁。

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かくして、交換と相成った。新しい給湯器は確かに、相当静かである。
先代がジャンボジェットだとしたら、新しい給湯器は湖のほとりといったところだ。

しかし、新給湯器に不満がないわけではない。
ボタンを押すたびに「ピロピロリン」だの「テロテロテテテン」だの、いちいち賑やかなのである。

極めつけは温度を変えたときの
「オ湯ノ温度ヲ39°Cニシマシタ」
というアナウンスだ。

「わかってるっつーの!」
ロボットボイスの不気味さもあって、毎回少しイラッとしてしまう。

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さて給湯器を新しくしたとて、家の風呂より銭湯である。今日は松竹湯へお邪魔した。

番台へ千円札をお渡しすると「510円のおつりです」とのこと。
おいおい10円足りねーじゃねえかよと思ったが、そういえば10月から入浴料が10円値上がりし、490円になったのだった。
480円時代もそうだったが、正直なところ、お釣りの10円が鬱陶しい。

千円札で支払って510円のおつりをもらい、
次は500円玉で支払って10円のおつりをもらい、
その次はまた千円札で支払って510円の…。

もはや銭湯くらいでしか現金を使わないので、以上のような10円玉無間地獄となる。

いっそ料金を500円にしてくれと思う。
10円やそこらでどうこうなるほど困ってはいない。

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先日、Twitter改めXで
「○○のクラファンに50万円支援しました。○○のためなら安いものですよ」
といったツイート改めポストが流れてきた。
私にはできない。立派だ。すごいと思った。
でもその8億倍くらい、下品でダサいなと思った。

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もちろん完全に妬み、僻み、嫉みである。
私がITベンチャー企業の若社長(ヤングアニマル表紙レベルのグラドルと結婚)で、年収が数億円とかなら別に気にならなかっただろう。

…いや、収入の問題ではないような気もする。何ともいえない。

いずれにしても、とにかくダセぇなと思った。
「50万!森口博子ディナーショー26回分です!」といった一文があれば、まだマシだった。
見えないが、その人は真顔なのだ。だからこそ下品でダサい。せめて面白い顔をしてくれ。

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しかし、はたと気づく。
10円玉が鬱陶しいので銭湯の料金をいっそ500円にしてくれという私もまた、下品でダサいのではないだろうか。

10円、20円の値上げで銭湯に行けなくなる、あるいは行く頻度を減らさざるを得ない人だってきっといる。
じゃあ値上げをするなということでもない。どこの銭湯も経営は厳しいと耳にする。
そしてやはり、私は10円玉が鬱陶しい。

正解はない。ただ、世の中には色々な立場があることを少しでも想像するようにしたい。
なぜなら、多分それが平和というものの正体だからだ。

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「オ湯ノ温度ヲ39°Cニシマシタ」

「うるせー!」
真新しい給湯器にエルボースイシーダを叩き込みそうになったが、思いとどまった。
私には少々不気味なロボットボイスだが、それを必要とする人だってきっと、いや絶対にいる。

光のない彼や彼女が、冷水や熱湯でダメージを負うようなことがあってはならない。それに比べれば、私の小さなイラつきなどは些細なことだろう。そもそも給湯器にエルボースイシーダを叩き込んではいけない。大事故だ。

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金持ちもそうでない人も、五体満足な人もそうでない人も、ITベンチャー社長もそうでない人も、ヤングアニマル表紙グラドルもそうでない人も、10円玉が鬱陶しい中年もそうでない人も、下品でダセぇアイツも、とにかく世の中にはいろんな人がいる。

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そんな世の中で、驚くべきことに、銭湯は分け隔てなく全ての人を受け入れてくれる。懐も湯船も深い。湯は熱いが、見ず知らずの人間による下品なポストに熱くなることはない。

私もダセぇアイツも、銭湯を見習うべきだ。

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