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僕の昭和スケッチ

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「僕の昭和スケッチ」は、昭和レトロを描いたライフワーク画集です。誰の心にもある遠い日の思い出を描いていければと思っています。毎週月曜更新予定(祝祭日を除く)。
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2022年5月の記事一覧

「マンハッタンで見つけたバナナカステラ」昭和の駄菓子は海をこえて!

 「僕の昭和スケッチ」イラストエッセイ139枚目 この記事のヘッダーにもココアシガレットなどと一緒に描かれているバナナカステラ! ある日、僕はクラスメイトと駄菓子屋さんに行き、このバナナカステラに出会った。 この見たことのない駄菓子は食べるとバナナの香りがほんのりとして、中の白餡と相性もピッタリだった。このそれまでに無い新しい味に驚いた僕らは、すっかりこのバナナカステラにハマってしまい二日三日と駄菓子屋さんに通ってこれを買い求めた。何しろ安かった。確か、当時1本5円(昭

「昭和の質素なおやつ」子供たちの生活

 「僕の昭和スケッチ」イラストエッセイ138枚目 これは昔の子供たちのオヤツ。 梅干し(当時は安かった)を竹の皮に包んでハジからチューチューと吸うらしい。だが、僕は見た事がないのでよく判らない。試しに紙を筍の皮状に切って三角に折ってみたのだが、、、、 これで折り方は合っているのだろうか、、、??  僕より4歳年上の北海道生まれの友人から、これを子供の頃にオヤツで食べた、と聞いた事がある。わずか数年の年の差、地域差で経験に差が出る。 もう一つ、この質素なオヤツについては

「五木の子守唄と子守り奉公」

 「僕の昭和スケッチ」イラストエッセイ137枚目 僕らは子供の頃、親に時々こう言われた。 「人攫いに気をつけなあかんよ、よその知らんオジサンについて行ったらあかんよ」 と。 ここで言う人攫いの意味は現代で言う誘拐とは少し意味が違う。 親が恐れたのは、人身売買。つまり子供を誘拐して労働力として売られる事だ。 こう言った恐れが社会にあると言うことは、そもそも子供たちが労働力として売買される現実社会があった事がその前提となる。貧しい農家の親たちが生活に困窮して金で自分の子供を

「みんな路上アーチストだった」昭和の街角

 「僕の昭和スケッチ」イラストエッセイ136枚目 ローセキという柔らかい石でみんなが路上に絵を描いていた時代があった。 ローセキの値段は覚えていないが、何しろ現代でも1本30円程度だ。 昭和の御代なら相当安いものだったと思う。 潜水艦や、鉄人28号、アトムにゴジラ、、、僕らは何でも描いた。 だが、昭和30年代をピークに次第にローセキ遊びは衰退していった。 車の往来が激しくなったから? テレビが普及して子供が家の中にいる時間が増えたから? 町内会というコミュニティの衰

「凄いものが銭湯や子供に…」昭和の記憶

 「僕の昭和スケッチ」イラストエッセイ135枚目 戦後の荒廃した社会にノミやシラミが大発生して衛生上の大問題となり、その防疫対策として力を発揮したのが、上の絵の薬剤DDT。 終戦直後から昭和30年代半ば頃までは子供の頭髪に直接散布される随分乱暴な時代。(小学校での頭髪への直接散布の写真資料/昭和35年) まだテレビは普及しておらず、僕らは映画館のニュース映像でそれを見た世代。自分自身が頭にDDTを撒かれたかどうか、、、記憶は曖昧だ。 ただ、覚えているのは或る日銭湯へ行く