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【短編小説】殺人事件が起きてる街で作るチャーハンはひと味違う【極上チャーハンの謎】

「大丈夫。まだ殺されてないし大学もちゃんと行ってるって。今料理中だし切るよ。うん。楽しくやってるよ。わかったってば、はーい。戸締り気をつけまーす。バイチャーハンっ」
 毎日の義務である母親との通話を終えて、ため息をついた。一日一回こうやって実家に生存確認の連絡をしなければならない。
 正直ものすごく面倒だ。
 しかし、この二、三分の通話がシェアハウスに住むための交換条件なので仕方ない。
 フライパンにニンニクを少し入れるとジリジリと油の中で踊り出す。それからブワーッと食欲をそそる良い香りが立ち昇る。
 その匂いに誘われてきたようにルームメイトの洋平がリビングに入ってきた。
「あー、おはよぉ。翔はもうバイト行くの?」
 洋平はアボカドが二、三個入りそうなほどの大あくびをしてキッチンに近づく。歩き方もフラフラでまだ眠そうだ。
 ツーブロックの茶髪が寝癖でススキのように立ち上がり、毛玉が量産された黒のスウェットを着て片手で尻をかいている。その姿を見て、上野動物園のマレーグマを思い出した。

 二ヶ月前。初めて東京へ降り立ったその日にとりあえず観光しなければと一人で行った動物園。
 見るともなく園内を歩いていたら、気づくとマレーグマの区画にいた。近くにいた子供が、
「ママ見て、おっさんクマだ!」と、叫んだ。
 声につられて見てみる。そこには、俺の知っているクマとは若干違う生き物がいた。ベルベット生地のように光沢がある真っ黒な小型のクマで、顔の作りがとてもコミカルだった。
 彼らは陽の光で眩しそうに目を細めて、重そうな体を引きずるように歩く。額にある皺も年齢を感じさせる。
 なるほど、まさにおっさん。俺はその時、
「ああ。こんなだらけてても東京で生きていけるんだから俺もきっと大丈夫だ!」と、希望をもらえたような気がした。
 今の洋平は、その時見たマレーグマにとても似ている。

「おう。これ作ったらスグ出る。なぁ、このフライパンてどこで買ったの? メチャクチャいいヤツじゃね?」
 俺は、今使っている真っ黒な鉄フライパンを指さした。
 昨日気づいたある発見により、もしかしたらこのフライパンは特別製なのではないかと疑っている。

 このシェアハウスを内見した時に驚いたのが、料理道具の充実さだった。
 キッチンも広いし、ホテルの厨房さながらの道具が揃っている。
 これを揃えたのがその時に家を案内してくれている洋平だというから感心した。
 俺も料理が好きだと話すとスグに意気投合。
 ここは正直、駅から遠く、コンビニも近くにないベッドタウンのような住宅地。
 利点はそんなにないのだが、気が合った人間がいるし、この豊富な料理道具をいくらでも使っていいと言われ即入居を決めた。

「えー。どっかのサイトで買ったんだと思うけど、後で調べてみようか?」
「頼むわ。やっぱり持つべき者は同じ趣味を持つルームメイトだな」
 マレーグマもどきは顔をクシャとさせて、「だろ?」と得意げに言った。
「なんかさ、昨日友達の家でチャーハン作ったんだけど味が全然違ったんだよ。不味くはないけど、コクがないっていうか旨味が足りないっていうか。とにかく、いつもの方が美味かった! それはフライパンが違うからなんじゃないかと思っている」
 俺は昨日気づいたチャーハンの謎について話をした。洋平は味の秘密を知っているだろうか?
「違うのは調味料とかじゃないの?」
「いや。そんなことない……」
 いつもの調味料を使ったと言おうとして止めた。どこからともなく苦しそうな呻き声が聞こえてきたからだ。俺は耳をそばだてた。
 ……もう聞こえない。
「今のなんの音だ? っていうか声か。女の人のうぅ~って感じの声」
「は?! 聞こえなかったけど、怖いこと言うなよっ」
「ここ、事故物件だったりとかする? 徘徊する悪霊たちが……そこに!」
 俺は勢いよく持っていたお玉を突き出して、洋平の後を指し示す。もちろんそこに幽霊などいるわけがない。
「やめろって! 僕がお化けとかダメなの知ってるだろ。お前今からバイトだし僕一人になるじゃん!」
 洋平は両腕で自身の体を抱きしめるようにして、あからさまに怯える。
 心霊系がダメだと知ってからこうやって時々ルームメイトをからかうのが癖になってしまった。
 恐怖で目が覚めたのか、洋平は俺をギンギンに睨みつけてくる。
「ごめんごめん。さて、早く作り終えないとな。バイト休憩時の元気チャージチャーハン! 俺はもうチャーハンなしでは生きていけない体になってるよ。まぁ、お前も同じか」
 俺も洋平も料理が趣味だと言っているが、実は作るメニューは一種類だ。洋平はステーキしか作らない。
 なぜステーキなのか不思議だとは思っているのだが、理由を聞いた事はなかった。
 俺もチャーハン一択だからお互い様だ。
「うん。僕もステーキがないと生きていけない。両親が結構厳しい宗教家で豚肉も牛肉もダメだったから、家を出て初めて食べた時からもう辞められなくなったんだ」
 なるほど。
「そういう方向でクセになる事もあるのか。俺は単純に実家が中華料理屋だったから……って前も言ったな。それで小さい頃から身近にあったチャーハンに魅入られて、美味しさの研究をし始めた。そして、驚くことにこのシェアハウスに来てから俺のチャーハン能力は覚醒したのだ」
 俺は黄金色に輝くチャーハンをフライパンの中で津波のように回しながら、自分のチャーハン愛をしみじみ感じた。
「翔も三六〇日はチャーハン食べてるもんね。立派なチャーハン博士だ。そう言えばさっきの電話、親御さん?」
「そうそう。本当、心配性で嫌になる。生きてるか? 心配事は? あげくに今気になってる事まで聞いてくる」
「心配は仕方ないよ。こっちは田舎では考えられない事件や事故が多いから。殺人だとか誘拐だとか。今週で確か三人目だっけ? ……最低な犯人だよ」
「あー、手足切断通り魔事件? 一昨日の女性で四人目だってさっきニュースで言ってたよ。俺も上京してビックリだね。行方不明者もメチャクチャ多いし、この東京ってのは犯罪の巣窟かーって思った。隣人は何かの犯罪者なりってね!」
「まぁ、間違ってはないかも。そうやって日々警戒しておけって事だ」

『手足切断通り魔事件』とは、俺たちが住んでいるこの地域で半年前から起きている連続殺傷事件だ。
 夜一人で歩いている人間を狙って後頭部を殴打し、気絶しているところを手、もしくは足を付け根から切断して去っていく。犯人は未だ捕まっていない。
 死者は三名。一昨日襲われた女性は運良く一命を取り留めたらしい。
 そんなことがある地域に息子が乗り込んでいくわけだから両親が心配するのも無理はないか。
 うん。東京、なんて恐ろしいところなんだ。

 俺はチャーハンを炒め終えた合図でフライパンの縁をお玉でカーンと鳴らした。
「よしっ! でーきた! うーん良い匂い。コレコレコレ! なんで昨日は作れなかったんだろ。食べさせてやりたかったなぁ」

 目を閉じて大飯食らいの友人のポッテリと突き出た腹を思い出す。
 俺が作ったチャーハンを美味しい美味しいと食べていた。その笑顔を見ながら、
「でも、いつもはこんなもんじゃないぞ」って言ってやりたかった。
 
「んー! じゃあ今度、ここに友達呼んで作ってあげれば?」
 洋平が両手を上げて伸びをしながら言った。
 そうか! その手があった。
「いい事言うじゃん! そしたら明日の朝イチで呼んでやろう。確か暇だって言ってたし」
「明日?! 急だな!」
「いいじゃん。お前も予定ないだろ? 最高のステーキと極上のチャーハンでおもてなししてやろうぜっ!」
「……うん。そうだね」
 俺はチャーハンを弁当箱に詰め込んだ。それをバイト用の手提げバッグに入れながら玄関に向かう。
「じゃあ行ってくんね。どっか行くならラインして」
「わかった。翔も帰ってくる時に一応連絡して。あんまり遅くなるなら寝てるから連絡はいならいよ」
 OK! と親指と人差し指で丸を作って俺は家を出た。

 外は霧雨が降っていた。傘を開いて駅まで歩く。路面のコンクリートがへっこんだ部分に水たまりができていた。
「こんな細かい雨なのに、いつのまにか水たまりができてるんだよな」
 いつのまにか……
 次の瞬間、俺の頭の中はチャーハンでいっぱいになった。
 いつのまにか美味しく作れるようになったチャーハン。
 そう。俺がさっき作ったチャーハンは完璧だった。炒めた時の香りですぐにわかる。
 こんなに美味しく作れるようになったのは、シェアハウスに来てからだ。
 やはり原因はフライパンにあるはず。一体何が他のフライパンと違うのだろうか。
 俺はハッとした。
 洋平のステーキ! アイツも同じフライパンで調理していた。もしかして肉の脂がフライパンに染み込んでいるんじゃないか?
 肉が普通と違うのかもしれない。俺がチャーハンの具材を厳選しているのと同様、アイツもこだわっているはずた。秘密の最高級肉を使っているのでは?
 気になって仕方がないっ!
 俺はクルッと踵を返して家へ引き返す。
 バイトに行かなければならない責任感よりチャーハンへの好奇心が勝ってしまった。
 走ってシェアハウスへ戻る。ミストのような雨が服にだんだん滲んでくる。
 バシャバシャと水たまりに入って靴の中までグショグショになるがそんな事どうでもいい。
 今俺を突き動かしているのはチャーハンへの愛。俺の人生にチャーハンより大事なモノは何もない!

 勢いよく玄関のドアを開けて、リビングに入った。
「ちょっとただいま! バイト行く前に聞きたい事があるんだ! 肉の……」
 洋平はキッチンに立っていた。目玉が飛び出そうなくらい目を見開いて俺を見る。
 俺も同じように驚いて動けなくなった。
 なぜならキッチンカウンターに人間の足がドーンと置いてあるからだ。丁度、俺と洋平を分ける仕切りラインのように真横に置かれている。
 色白で肉付きの良い太ももにスラリとしたふくらはぎ、親指の位置から考えると右足か。
 俺の体は固まったまま。洋平は俺が初めてみるエプロンをしている。それは赤黒い血で染まっていた。
「もしかしなくても、それ……人の足? 切ったの?」
 洋平は俯いて何も言わない。
 目の前の足を見ているようで、意識はどこか遠くにある。そんな顔だ。
「ねぇ、切って、焼くの? そのフライパンで?」
 俺がさっきチャーハンを炒めたフライパンで?
「そんで、食べるの?」
 突然洋平は『誰かの足』をそのままに、キッチンを飛び出して走り出した。玄関にいる俺の脇を素早く通りぬけて家を出る。
 俺はすぐに追いかけた。
 バシャバシャと二人分の水音が周囲に響く。
 雨はさっきよりも強くなっていた。
 洋平は裸足だからスピードは出ない。俺は追いついて腕を掴んだ。
「おい! 洋平、待てって」
 振り向いた彼は泣いていた。
 雨で全身ずぶ濡れになっているから実際にはわからないけど、眉間に皺を寄せてとても苦しそうな表情をしている。
「ぼぐは、けいっざつに行く。通り魔って僕の、ごとなんだ。ぼぐのやったことは許されないことだってわがってうんだぁ。でも自分じゃ……どめる事、できなぐてっ」
『手足切断通り魔事件』は洋平がした事だったのか。
 そして、警察に行こうとしている。
 口の端に溜まった雨か涙のせいで滑舌が悪く、聞き取りづらい。
 彼は吐き出すようにしゃべり続ける。
「ぼぐ、僕、ごどもの時に、母さんに人が材料になったステーキを食べさせられてから他のどの肉を食べても美味しく感じなぐなっで……ぞれ以外の何もかもが味のないゴンニャグっ、コンニャクを食べているようで辛くて」
「うん……」
 俺は言いたいことを抑えて優しく相槌をうつ。洋平も落ち着いて話せるようになってきた。
「一昨日の女の人は失敗しちゃったから今度は誘拐してきたんだ。さっき翔が聞いた声はたぶん……だけどもうここら辺が潮時かなって思った。僕を軽蔑しただろう? いや、怖くなった?」
「……そんな事ないよ」
 本音だ。二ヶ月も一緒に暮らしてたんだ。
 誰よりも近くにいた。
 怖くなんかない。
「こんなヤツ……だめだ。人間失格。自分でわかってる。自分じゃあもう止められないから、だから警察に……」
「何言ってるんだ! ダメなヤツなわけない!」
 そんな事言わないでくれ。
「翔……」
 俺を上目遣いで見る洋平。雨と涙でグシャグシャになった彼の泣き顔を見て、言いたい事を伝えようと思った。
 俺はお前に感謝してるって。
 洋平の顔を自分の胸に押し付けるように抱き寄せる。
「俺はお前にお礼を言わなくちゃいけないくらいだ」
「え……?」
「灯台下暗しだ! まさか人間の脂が僕のチャーハンをあんな高みへ登らせてくれていたなんて。それを教えてくれたのは洋平、お前なんだよ! だからお前はダメなんかじゃない!」
「いや、翔それは……」
「こんな時にバイトなんか行ってられるか! 今夜から味の研究だ。太ももの味、腕の味、きっとどの部位を使うかでまったく違う味になる。まだきっと未知の美味しさが見つかるはずだ。忙しくなるぞ。ワクワクする!」
 俺は興奮を抑えることができず、洋平の両肩をつかんだ。これから最高のチャーハンが食べられる素晴らしい未来が待ってるんだ。警察なんか行かなくいい。俺たちはチャーハンの神に愛されているんだ! 
「明日はあの大喰らいに最高の料理を振る舞ってやろうな。研究しがいがあるなぁ! ほらっどうやって解体するのか教えてくれ! お前がいないとハイパー極上チャーハンはできないんだから」
 洋平を見ると泣き笑いのような表情だ。うん。マレーグマに似ている。喜んでいるのだ。俺も嬉しい。
 やっぱり趣味が同じ奴とのシェアハウスは最高だ。

 洋平はポケットからスマホを取り出して、通話ボタンを押した。
「もしもし、警察ですか?」


書いたのは:ミステリー小説大好きVTuber栞
コチラの小説は2023年05月13日(土)20時からの
生配信にて神永学先生に添削される予定です!
栞のチャンネルはコチラ↓
👉https://www.youtube.com/channel/UC_Js8g6PLbP7BbZ1DBrmuqQ

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