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❷黒の御仁

 マキは娘のかなえが小学校に行っている間、週4で介護職のパート、それがない日は時折ダイエットと体力維持の目的でジムに通っている。今日はジム、アクラスに行く日である。
 彼女はアクラスの入り口を抜けると、受付にいる男性店員に会員証を出し、更衣室に行く。そこで着替えを終えると、慣れた手つきでランニングマシンを動かし始める。今日はどれくらいの負荷にしようか。とりあえず30分走ろうか。と考えている途中、ふと視界の隅に何かを捉えた。先程の男性店員が、視線をこちらに寄越していたのだ。それはマキだけが気づく程度には然りげなかった。恐らくそのようにわざと調整しているのだろう、と思う。しかし、彼女は無視を決めて、マシンを使い始める。
 30分走り終えたマキは、身体にじっとりと汗をかいている。たまに体を動かすと、気分がいい。1週間ぶりだろうか。次のマシンをどれにするか考えていたところ、ふいうちで右手に何かを握らされた。
「マキさん、新しくできたプロテインの試供品です。よろしければ飲んでみてください」
 声を発した相手の方に向き直ると、先程の男性店員だった。針で刺したらどんな素の顔が出てくるのだろうと興味を持つほど人工的で、かつ大抵の人間は気持ちのいい印象を抱くであろう奇跡の笑顔で立っていた。
「ありがとう」
マキもつられて笑顔でお礼を言う。彼女はそのことに一瞬後悔する。
「今回のは、マキさんもお気に召すかと思います。味も7種類ありますし、今、お渡ししたのはバナナですね。また他の味もお持ちします」
 男性店員のネームプレートには「黒川ミナト」とある。彼は、紀元前から変わらないのでは、と思わせる表情のまま去っていった。
 マキは誰にも気づかれないように、一つ嘆息した。プロテインと一緒に握らされた白い紙が、彼女の右手の中でくしゃりと音を立てた。

#小説 #文章 #ミステリー #愛人

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