❶灰色の塵を積み上げてゆく

 灯油に一滴でも水が混ざるとストーブが使えなくなるように、マキの思考はそれに支配されていく。
 夫の挙動がおかしい。マキがそれを感じ取ったのは、半月前の金曜日だった。大手証券会社に勤めている夫のタカオは、毎週金曜日はノー残業で帰宅し、8歳の娘とマキと夕食を共にするのが常であった。だが、同僚と飲みに行くから、とその日だけはいつもの習慣から外れた行動をとった。     
 マキは、その日を境に些細ではあるが、以前とは異なるタカオの言動が気になるようになった。彼は何かしらの“疾しいこと”があっても、それが言動として現れにくいタイプだと思われる。
 しかし、彼女は人間の機微に聡いタイプだ。近しい人間、つまり夫の言動であれば、細かい違いにより気付きやすいと言える。これはマキとタカオとの水面下の攻防戦である。
 マキは毎朝、帰りは何時頃か、夕飯はと聞くのだが、そのときに一瞬のタイムラグがあった。
 「……夕飯は家で食べる。19時頃かな」
文字にしてしまえば、これだけのことである。だが、以前であれば、そんなところに間は生まれなかった。なんとなくではあるが確実にマキの中に不思議の種が植わった。
 別の日、家にいるときにタカオの会社携帯が鳴った。ままあることである。だが、その時の彼の対応がなんとなくではあるが不自然に思えた。早く電話を切りたいように見えたのだ。相手の声までは聞こえなかったが、これは恐らくそういうことだろうと思った。
 こういった小さな疑惑の種がいくつか見受けられた。小さくても疑惑がいくつもあったら、それは高い割合で黒だろうとマキは思う。
 彼女は、これからの自分の行動のことを思った。問い詰めるのか、証拠を固めるのか。マキにはどちらもできない。子どものこともあるが、理由はそれだけではない。

〜つづく(恐らく)〜

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