❺リハーサルは繰り返した

 「19時にコンビニで」
と書かれた紙を、マキはスーパーのゴミ箱に投げ入れようとして、やめた。こっそりと上着のポケットにしまい、歩き始める。
 あの、彼女にとって、劇的な始まりから半年経ち、自己嫌悪と我慢とエッセンス程度に入っている麻薬のような甘さから、少し抜け出せた気でいた。
 なにせ、今日まで1ヶ月アクラス以外で会っていなかったのだ。関係が始まって数ヶ月ほどで、黒川は連絡も返さなくなり、アクラスで会うときだけは客と店員という関係を保つようになっていた。マキはそれがどうしても、胸が焼けて焦げていくほど許せなかった。大方予測していた、だが避けることのできない境地に陥ってしまった。
 彼女はそれに辟易し(落ち込んだとも言える)この1ヶ月はあまりジムも行かず、自分から何もアクションを起こさなかった。このまま終わると、終わればいいと、念じていた。
 まして、自分の夫も高い確率で同じことをしている。全てが明るみになれば、何よりも1番、かなえを傷つけることになる。やはり、自分の我儘で始めた、こんな関係は絶対に終わらせなければいけない。
 現在、18:30。場所は、紙に書いてあったコンビニ。かなえのことを考えると、右ポケットに入れた迷える紙も捨てる決心がついた。これを機にジムもかえよう、とマキは思う。
 片手で持てるひどく重いものを、マキはやっとの思いでコンビニのゴミ箱に捨てた。人知れず涙が出た。そう、もうこのまま、きっと、彼と、黒川と会うことはない。あの優しくも人工的な微笑みを見ることはないのだ。彼女は誰にも気づかれないようにそっと、この半年をコンビニに置いて帰路に着く。
 数分後、タカオがコンビニ横の路地から姿を現す。向かっているのは自宅のある方向ではなかった。タカオの目の先には、宿泊施設があった。
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