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わかってるのに伝わらない世界を思うと切なくなった言語聴覚士の1日

覗いていただき、ありがとうございます😊
今日は進行性疾患の方の、リハビリ1場面から、日常を綴ってみたいと思います。

進行性の難病をご存知ですか?
有名なものだと、パーキンソン病やALSなどがあります。

私が担当している方も進行が進み、日によって意思表出できたり、できなかったり。
表情の変化はあるのですが、声が出ない、ひどい日は手足の動きも鈍いため、字も書けない。
話しかけるのが、申し訳ない気持ちになることもあります。

それでも、リハビリをすることで、少しでも意思が伝えられると、とても嬉しそうな笑顔を見せてくれ、今までの経過を思い出しながら、和気あいあいとした雰囲気で、リハビリは行なっています。

今後の事も考えて、yes/noのサインを決めたり、声が出なくても伝わる方法を練習してきていますが、担当になった時には、もう習得しにくい状況で、なんとかいい方法がないかと試行錯誤しています。

今日は、私の顔を見て、笑顔を見せてくれましたが、声が出ない。
呼吸介助をして、発声を促すもでない。
身の上話の中に、笑うポイントを作り、話してみますが、あまりツボに入らず笑わない🥲
サインも不確実。
でもリハビリを終えると、寂しそうな顔をしてくれて、また来るねと言うとうなづくことができました。

嬉しい気持ちと合わせて、調子の悪い日と、いい日の差に落胆し、伝わらない世界はどんなだろうと、思いを馳せずにはいられませんでした。

おこがましいかもしれないけど、わかってくれる人がいると感じることと、いない、と感じてしまうことの、ストレスの差は、思ってる以上に辛いものだと思うんです。

寄り添うことで、喜んでもらえているはずだと思いたいですね。
少しでも穏やかな気持ちで、過ごしてもらえてますように。

ただ、リハビリの内容として、コミュニケーション中心にはできず、誤嚥予防のため、頚部の可動域訓練や、単調な口腔機能訓練が多いので、ゆっくり時間をとって、コミュニケーションを取れないのも現実。

会話の内容が少ししかなくても、そこには、価値のあるものが存在している。という実感だけはあるが、それをリハビリというのかという論争もありますね。

誰でも優しくすればできると思われがちな、このコミュニケーション。
疾患の症状と、コミュニケーションの成り立ちを理解しているからこそ促せる反応があると私は思っています。
そこのエビデンスがもっとないとただの戯言なのかもしれませんが。

もっと関わりを重視した医療、余裕のある医療、穏やかな看取りの過程を構築したいと思う日常です。

そんななか、医療の方向性に大きな意味を持つ診療報酬。
療養のリハビリの必要性、内容が問われてくるであろう令和6年改定ですが、職員の不安の声、世の中とのギャップ。

どんな改定であれ患者さんに不利益もなく、格差もなく医療が行き渡るものであって欲しいです。

そしてどんな疾患であっても、コミュニケーションという数値だけでは図れないかけがえのないものが、障害があってもなくても、尊重される世の中であってほしいと願うばかりです。

最後まで読んで頂きありがとうございました😊
またお会いできたら嬉しいです✨

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