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かがり火の中で君を想う

今年も盆灯篭が照らされる。
薄く張られた障子に照らされて、かがり火が灯る。
ぼんやりと薄暗い中で、ほのかにゆらゆらとそれは呼吸している。
僕はこの、あの世ともこの世ともつかないような、遠い昔の夏の日にまるで戻れたかのような、盆の時期が好きである。
今日もきっと、迎え日のあとに君がやってくる。

そう。いつもの決まったあの場所で。


「いつもと言ったって、庭の縁側じゃない」

きりりと吊り上がった、一重の眼差しに見据えられると、大抵の人間は背筋がしゃんとし、緊張するが、慣れてしまった僕はほっとして口元が綻んでしまう。

「やあ。まあ、ここに座りなよ」
「この国は暑くておいないと思っていたけど、最近はこれでも涼しい方なんだって言うじゃない」
「うん。そうみたいだね」
「すごい勢いで世界は変わってるのに、ここだけまるで100年以上も前からなーにも変わってないみたいやでね」

鈴虫がリーン、リーンと、僕らの足元で鳴いている。

満月でも新月でもない何でもない今夜の月に、雲が翳って僕らのことをじっと見つめているみたいに見えた。

「何で毎年ここに来てくれるんだ?」
「あなたがわたしを呼ぶからよ」
「…呼んだ覚えはないんだが」
「思い出すことは、呼んでいることでもあるの。
思っている以上に、わたしたちは見えない絆で繋がっている」

彼女の絹のような長い黒髪が揺れ動き、僕の頬にかかる。
彼女の息がかかるほどに、彼女の顔が自分に近づいていた。

「あなたも、会いに来たの?」
「会いたかったの?わたしに…」

木綿の薄茶のワンピースに、白いサンダル。
凛とした声に、目を伏せると翳る長い睫毛。
白い肌に、貫くような眼差しとは違った、本当は弱くて優しい、君がそこにいたはずなのに。

「…一瞬で、消えてしまうから。想うだけで、何百年も、時は越えてしまうのかもしれない。僕たちは、今、ここにいて、こうして触れ合っていて、どうしてこれが嘘じゃないなんて言えるのか?君は、ここに、いるんだよね?」

月の光が冴える。雲が流れて、月の姿が現れた。

彼女は、僕から離れて涼やかに微笑む。

「いることも、いないことも、どちらであっても、構わないの。
構わなくなるの。特に、この時期には。
大切なことは、あなたの中にわたしが存在していることよ。

だからあなたも、見える形に囚われないで。

そしてちゃんと、自分で答えをみつけだして」

瞬きをした瞬間、
体が鉛のように重たくなって、重力に引き戻されるかのように、
僕は白い天井を見つめていた。

目が覚めていると気づいたのは、馴染みのある、随分と親しみが湧く、膨れっ面をして泣く女性が目の前にいたからだった。

「この馬鹿が。盆灯篭を灯すのに梯子から足を滑らせて頭打つなんて。迎え火どころかあんたが逝っちまうとこだったじゃないか」

「いやあ、いい夢みて気持ちよく寝てただのになあ」

「人が心配していた時に、一人呑気な夢見てこのパーが、ああもう!」


✳︎

メモに残っていた、創作小説。

途中で終わっていましたが、アップします。

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