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リンゴとお日様の匂いのこと|Letter from Forest 11

 親愛なるきみへ

 お元気ですか?

 最近は、なにか身体を動かすことはありますか。

 ぼくはこの前、思いっきり身体を動かして遊びました。ひとりだけでは、そういうことは滅多にないです。でも、遊ぶのが大好きな子がやってきてぼくを誘ってくれたの。

 彼女は、金色の長い毛が綺麗な、とっても足の速い子だったんだ。

 ***

 その日は朝からリンゴのジャムを煮ていた。

 リンゴは、先日ここへきたお客さんにたくさん分けてもらったもので、とっても美味しくて、いろいろな食べかたを試していたの。

 ジャムにしたのは大正解。

 じょうずにできて嬉しくて、パンと瓶を持ってお気に入りの場所でランチをしたんだ。

 木々に囲まれて、風の音がずっと渦巻いているようで心地よかった。

 ちいさな瓶の中身がからっぽになるまで、上出来のジャムをたっぷりパンに塗って、お腹いっぱいになって……そのまま少しお昼寝をした。

 ぼくと彼女の出会いかたは、ちょっと変わってる。

 眠ってるぼくのほっぺたを、彼女が、あったかい舌でぺろぺろって舐めたの。

 びっくりして飛び起きたぼくを見上げて、

「わん!」

 って吠えて、ぼくに飛びかかってきた。おもしろがって甘えるように。

 昔からずっと友達だったような親しみを、なぜだかぼくに向けている。ぼくの口を舐めて、顔じゅうの匂いを嗅いで、お返しに顎の下を撫でると嬉しそうに笑った。

 こんな調子で出会ったから、すぐに打ち解けたんだ。

 彼女の真っ赤な立派な首輪には『ポム』って名前が書いてあった。

「ポム。いい名前」

 呼びかけるとポムは走り出して、落ちていた木の棒を拾って運んでくる。ぼくが受け取ると満足して、それから期待に目を輝かせた。

 言葉がなくても分かった。

 ぼくに投げて欲しいんだ、って。

 めいっぱい遠くまで投げてみる。

 ポムは木の棒が落下した場所を見るけど、走り出さない。でも、いつそのときが来てもいいよって姿勢で、尻尾をいっぱい振って待っていた。

 もしかしてって思って、ぼくがまず走り出す。と、思った通りポムは尻尾をちぎれそうなほど振りながら走り出して、あっという間にぼくを追い抜いた。

 くやしいから、ぼくもいっぱい走る。

 ポムは金色の長い毛を弾ませて、四つの脚が地面を蹴って跳び上がる。空飛ぶみたいに軽やかに、大きな体でびゅんびゅん走ってる。

 すごく速いんだ。

 走ってるポムは、きれいだった。

 ぼくは、やっぱりポムに負けちゃった。

 ポムはじょうずに木の棒をくわえて、褒めてほしそうに眼を輝かせて、尻尾をぶんぶん振っている。

 ぼくは滅多にこんなふうには走らないから、勢い余ってつまずいて転んだ。

 柔らかい草が一面を覆っていて、土も柔らかいから痛くなかった。息は苦しくて、胸はどきどきしてた。

 それが妙に楽しくって、くすくす笑っちゃった。

 ポムはぼくがべつの楽しい遊びを始めたんだと思って、ぼくの腕の下にもぐりこんでほっぺたを舐めた。ふさふさ揺れる尻尾が足をくすぐって心地よかった。

 抱きしめると、お日様のいい匂いがした。

 ぼくはお日様のにおいをいっぱい吸い込む。

 ぼくたちはずっと仲のいい相棒だったみたいに、遠慮なしに遊んだ。

 泥だらけのくたくたの腹ぺこになって屋敷に帰ると、お客さんが待っていた。

 お客さんを見るなり、ポムはいちもくさんに駆け出す。お客さんもポムを抱き留めていっぱい撫でた。

 ポムは目を細めて心から嬉しそうで、ぼくまで嬉しくなったよ。

 この優しそうなひとが、ポムのほんとうの相棒なんだってすぐに分かった。

 ポムの友達はメロさんっていうの。

 いなくなったポムを探してるうちにここに辿り着いたんだって。ポムに会えてよかったって、すごくほっとしてた。

 ぼくは一緒に遊んでただけなのにお礼を言われちゃった。ぼくのほうこそ、ポムに遊んでもらって楽しかったんだよってメロにお礼を言った。

 ポムは元気いっぱいだけど、もうおばあちゃんって言ってもいい年頃なんだって。

 メロと一緒に大きくなって、もうメロはこどもじゃなくなったって分かってる。なのに最近は昔のことばかり思い出すのか、ぼくくらいのこどもを見かけると一緒に遊びたがるんだって。

 それで、いつのまにか家を抜け出してどこか公園や川辺なんかへ出かけて、そこで昔のメロみたいなこどもを見かけると遊びに誘う。

 ぼくのことも、ちいさかった頃のメロに見えてたのかもしれないね。

 メロは、ポムがどうしてここに来たのかについて、こう言った。

「ポムは、この匂いにつられて来たんだろう。ここへ来たら、懐かしい匂いがして驚いた。むかしふたりでよくアップルパイを食べた。って言ってもポムのはリンゴのすりおろしたやつだ。でも、同じ匂いにつつまれて、嬉しかったな」

 ぼくは少し待ってもらって、キッチンで空の瓶を探して、そのなかにリンゴのジャムを詰めた。

 メロにもこの上出来のジャムを味わってもらえるように。ポムにはにおいだけでも懐かしんでもらえるように。

「これ、よかったらどうぞ。こんなにいいのができることって、あんまりないから」

「いいの?」

「うん。ぼくだけがひとりじめするのは、もったいないくらいのできばえだよ」

「ありがとう。じゃあ、帰ったらいただきます」

 メロはもういちど、ポムと遊んでくれてありがとうって言った。ポムはふしぎそうにぼくとメロを見比べて、尻尾を振った。

 お別れをする前に、ポムのあったかい胸に抱き着いて、お日様の匂いをいっぱい吸い込む。

 ポムはぼくのほっぺたを舐めて、それからメロと一緒に帰っていった。

 嬉しそうに立てた尻尾は、いつまでもずっと上機嫌に揺れている。メロの金色の髪も頭の後ろで、ポムの尻尾みたいに揺れていた。

 金色の後ろ姿が見えなくなると、太陽の沈み始めた空が、だんだん金色に輝いて森を覆い始めた。

 まだ、お日様の匂いがした。

 なんだか一日じゅう嬉しくて、ずっと楽しかったんだ。

 その夜はとてもよく眠れた。

 いっぱい動いて気持ちよく疲れてたからかな。

 それで、夢のなかでもポムに出会って、こどもの頃のメロも一緒で、みんなで駆け回って遊んだの。

 ***

 きみは、思いっきり走ったことってある? 

 たまにはいいね。お日様の匂いに包まれて、風を感じるの。心地よく疲れたあとで、リンゴを丸かじりするのも美味しいし、ジャムを混ぜたお茶も身体じゅうに染み渡る気がする。

 たくさんもらったリンゴの匂いだけでもきみに届くといいな。だから、この手紙はしばらくキッチンに置いてみます。これからまたリンゴのジャムを作るから。

 それじゃあ、また手紙を書きます。

 元気でね。ぼくも、元気で過ごします。


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