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手紙を届ける人のこと|Letter from Forest 12

 親愛なるきみへ

 お元気ですか。

 相変わらず、ぼくは元気です。きみはどう?

 今日の手紙は、久しぶりに再会したお客さんのことを書きます。きみも出会ったことがあるかもしれないね。

 * * *

 ぼくと彼がはじめて出会ったのは、春の初めの頃。

 夕暮れどきに、彼自身も不思議そうな顔をしてやってきた。どうしてここへきたのか戸惑うような様子だったんだ。

「ごめんください。お手紙の配達です」

 ぼく、びっくりしちゃって、

「お手紙?」って聞き返した。

 そのひと、郵便屋さんだったんだ。彼は郵便鞄じゃなくて、懐から、古びた手紙を一通取り出す。

「うちのばーちゃんから昔預かったんだ。宛名がなくて、ずっと探してる。今日このへんを歩いてて……なんでだろう。もしかして、って思ったんだ」

 彼の名前はティム。今日はもうお仕事はおしまい。帰り道に考えごとをしながら歩いていたら、この森に迷いこんでいた。もしかしてって思いで歩き続けて、屋敷までたどり着いたんだって。

 あいにくだけど、心当たりがない。

 ぼくに手紙をくれる人って、いるのかな?

 もしかしたらと思って、鳥篭の部屋へ案内したんだ。

 ティムは驚いていた。そして、たくさんの鳥を一羽一羽じっくり見つめながら、手紙を届けるべき相手を探した。

 すっかり日が暮れてしまって、窓の外から大きな月が部屋を覗きこんでいる。

 あるとき彼は納得して「きみだったのか」って頷いた。

 鳥は、月みたいな目をくりくりさせて見つめ返していた。

 ティムは手紙を鳥篭のなかへそっと差し込んで、あとは鳥に任せることにしたんだ。

 手紙になにが書いてあるのか、ティムもずっと気になっていたらしい。でも、結局確かめることはなかった。

 ぼくも勝手に読まないと誓った。

 ティムは一泊することになって、ぼくはささやかな歓迎会を開いた。彼は喜んでくれて、いろんな話を聞かせてくれた。ずっと手紙の行く末を気にしていたことも。

「もしかしたら、本当の宛先はここじゃないかもしれない。だけど、多分どうやったって相手には届けられないだろうから。僕は、ここならいいなって思った」

 彼のおばあちゃんはずいぶん昔に亡くなっていて、手紙の正しい宛先はもう聞きだせないんだって。

「封筒を開けてなかの手紙を読んだら、もしかしたら宛先が分かるかもしれない。でも、ばーちゃんは恥ずかしがり屋だったから。手紙を送られた相手じゃないのに、開けたらいやがるだろうな。僕も同じだから、気持ちは分かる気がするんだ」

 ティムが言うには、恥ずかしがり屋さんには手紙が最適なんだって。落ち着いて自分の気持ちを書いて、言い間違いや咄嗟の照れ隠しを抜きにして、きちんと思いを伝えられる。相手に伝える前に何回でも読み返して、言葉を自分のほんとうの気持ちにふさわしいように選ぶんだ。

「面と向かって会話していると、ときには口が滑って、思いもよらない言葉を選んだりするだろう? 頭と心が逆回りをすることだってある。そんなとき、僕は、伝える予定にないことまで喋って後悔するんだ」

 ティムに言われて考えてみる。

 たしかに、そういうことってあるかもしれない。

「ばーちゃんは手紙を書くのが好きなひとだった。ばーちゃんちのポストは蓋が壊れてた。……あんまり手紙が頻繁に届くものだから、すぐだめになってさ。たくさん書くから、たくさん届くんだ」

 ティムは嬉しそうに思い出し笑いをした。

「目に浮かぶばーちゃんの姿はいつもペンを握ってるんだ。僕ももちろん手紙をもらった。子供の頃に、たくさん。ご飯食べてるか、勉強してるか、元気でねって……たいしたことは書いてないけど、いつも嬉しかったな」

 封筒を開けて手紙を読むまで、何が書いてあるんだろうってわくわくする。

 それって、贈り物と一緒だね。

「手紙って、なにを書いてもいい?」

「なんでもいい。けど、嬉しいことのほうが、やっぱりいいよな」

 ティムのおばあさんは、昔悲しい知らせを手紙で受け取ったんだって。遠く離れた場所で、大切な誰かがいなくなってしまった、って。だからこそ、そのあとは嬉しい手紙をたくさん書くようになったのかもしれないね、ってティムは言った。

 ぼくはティムが羨ましくなった。ティムのおばあちゃんにも憧れた。ぼくだったら、どんな手紙を書くだろう。どんな手紙がほしいだろう。そんなことを想像したんだ。

 その夜遅く、ぼくは鳥篭の部屋に行った。

 手紙をこっそり読もうって思ったわけじゃない。

 鳥が窓を開けてほしいって呼んでる気がした。

 ぼくを呼んでいたのは、手紙を受け取ったあの鳥。

 窓を開けると、月の大きな夜の空に飛んでいった。鳥篭の中には手紙だけが残った。

 次の日。ティムは早くに目を覚まして、ぼくに鳥篭の部屋の扉を開けてほしいってせがんだ。慌てた様子だけど、それは楽しみで仕方ないって態度だった。贈り物を開ける前の気持ちがあふれて、なんだかぼくまでわくわくした。

 昨日手紙を届けた鳥篭は空っぽだ。

 彼は残された手紙を回収して、封を開けてしまった。

「思い出したんだ。これは、もともと僕が受け取った手紙だった。なんで忘れていたんだろうな……読みたいけど、読みたくなかったんだ。これは最後の一通だから。確かめるのが怖かった。そのうちに、僕への手紙だって忘れてたんだ。でも、どこかへ届けなくちゃってずっと思ってた。僕が受け取れないせいで……でも、今日やっと受け取れる」

 手紙には短い文章が綴られていた。彼は古ぼけた手紙をすぐに読んでしまって、それから何度も繰り返し読んで、懐かしそうに笑った。

「なにが書いてあったの?」

「なんにも特別じゃないことが書いてあった。元気でいてほしいって。美味しいものを食べてほしいって。よく遊んで、よく眠って、丈夫な木みたいに大きくなってほしいって。ばーちゃんがいつも言ってたことが書いてある」

 手紙を貰ったティムはとても嬉しそうで、やっぱり羨ましくなっちゃった。

 遠くにいるひとにも言葉を伝えられるのって、いいね。

「昨日よりももっと、手紙を書いてみたくなった」

 そうティムに話してみた。

「賛成だ。ぜひ書くといいよ」

「どんなふうに書いたらいい?」

「なんだっていいんだ。伝えたいこと、聞いてほしいこと、最近あったことでもさ」

「届けたい人がいる。でも、今どこにいるのかは知らない」

「僕、探してみるよ」

「届かないかもしれない手紙でもいいのかな?」

「書いてない手紙を届けることはできないから。まず書いてみても、いいんじゃないかな」

 書いておけば、いつか届くかもしれない。

 そのときのために書いてみよう。ぼくは、そう決めた。

 ティムはまた来てくれるって約束をして帰っていった。

 それから、ぼくは彼にお手紙を預けるようになったんだ。

 * * *

 今日、久しぶりにティムがやってきました。

 ぼくは書きためた手紙を預けて、前にも聞いたことを尋ねたの。

 ぼくの手紙は届いたかな?

 ──思い返すと、ぼくが尋ねる前から、ティムは嬉しそうにニコニコしてた。

 彼はぼくに一通の手紙を届けてくれた。

 ぼく、手紙はもう何通も書いたけど、受け取るのはこれがはじめてだったんだ。

 どんなに嬉しかったか、きみに想像つく? そのときの喜びを伝えるために、ぼくは何枚も便箋を費やす必要があるから……これは、またの機会にしておきます。だって、このあとにとっても楽しみなことが待っているんだから。

 今日はこのくらいにして、あったかいお茶をいれたら、ぼくに届いた手紙を読みます。

 お返事ありがとう!


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