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海の楽団のこと|Letter from Forest 04

 親愛なるきみへ

 こんばんは。
 今日は少し夜更かしをしています。
 近頃日が長くなって、夜が短くなりました。
 手紙を書くのは眠る前が多いです。
 夜の空気は涼しくて、昼間とは別の世界みたいです。
 今日は、海のことを考えています。
 海ってどれくらい大きいんだろう。
 きみは、海に行ったことはある?

***

 今朝、海からきた鳥と出会った。
 鳴き声は笛を吹いたみたい。
 めずらしいお客さんだ。
 足に水かきがあるから水辺の鳥だってわかったけど、
 このあたりで見かけたことはない。

「きみ、どこから来たの?」
 たずねてみても、上手に笛を吹くばかり。
「その子、カモメだね」
 教えてくれたのはエルマだ。
 エルマは、鳥を追いかけて一緒にきたお客さん。
 海から遠い街で、めずらしい海鳥を見かけて、
 追いかけているうちに森に迷い込んだらしい。
 ぼくは彼らを歓迎して、庭で簡単なティーパーティーを催した。
「俺は昔、船乗りだったんだ」
 エルマは海の話をたくさん教えてくれた。
 ぼくには想像もつかないことばかり。
 船上での生活が長いから、陸に戻ってからもベッドにもぐると波に揺られているような気がしたんだって。
「でも、それが心地よかった。船はゆりかごみたいだった。木の軋む音。潮風の音。有機的な音と匂い。うねる波に身を任せて眠る。僕はそれが好きだった。まあ、エンジン音も油の匂いもするし、狭い船室にうんざりすることも多かったけど……だから、『今思えば』ってやつなんだろうな」
 エルマは最近、よく眠れなくて困っている。
 散歩をして疲れたら、夜よく眠れるかも。
 そう思って歩いていて、鳥を見つけたんだって。
 ぼくはエルマの話を聞いて、ハンモックを準備した。ゆらゆら揺れながら眠れる素敵なベッドは、もしかしたら船と少し似ているかもしれない。
「どうかな? エルマ。寝心地は気に入った?」
「まあ、悪くない。船とはちょっと違うけど、わりと似てるよ」
 似ているのは、木々の音。
 風の音。似ていないのは、空気の匂い。
「眠れそう?」
「もう少しかかりそう。だから、お話をしよう」
 嬉しい提案だった。
 ぼくはエルマに海の話をねだる。
「海にも森がある。暑い地方では、海底を這うように珊瑚の森が茂っているんだ。そこに色とりどりの魚たちが暮らしていて賑やかだよ。船に乗ってると、海の上には何もないように思う。でも、船の下には想像もつかないほどの生き物が暮らしてた」
「海にも、鳥はいる?」
「鳥もいるさ。甲板に訪れるカモメたち。あと、僕は見たことないけど、空を飛ぶかわりに海の中を泳ぐ鳥もいる。ああそうだ、空飛ぶ魚もいるよ」
「魚が跳ねてるのは、ぼくも湖で見たことあるよ」
「それも驚きだが……もっとだよ。船と並んでぴゅうぴゅう飛ぶんだ。羽をもった魚がさ」
「すごい。不思議だね、魚も飛ぶなんて」
 ぼくが驚いたから、エルマはにこにこしている。

エルマはたくさん海の話をした。
 とうとう彼の話が尽きたと思ったとき、かわりに寝息が聞こえてきた。
 風がゆっくりハンモックを揺らす。
 船が水の上で揺れているみたいに。
 ぼくはエルマに昨夜聞かせてもらった海の音楽の話を思い返した。
 海では絶えず音楽が聞こえている。
 船体が軋む音はチェロが奏でる低い音色みたい。
 船員が歩くと床板は小気味いいリズムを奏でる太鼓になる。
 遠くで海鳥の合唱団が声をそろえて鳴いた。
 風にはためく帆は手拍子のよう。
 海の上のコンサート。彼らは旅する楽団だ。
 人魚には出会えなかったけど、人魚のように歌が上手な女性と恋に落ちた。
 あの港に帰りたいって彼は言った。
 きっと今、夢の中で訪れているんだと思う。
 懐かしい歌を聞いているのかもね。

 目を覚ますと「よく眠れた」と言って、エルマは街へ帰っていった。
 彼のあとを追いかけて、カモメも飛んでいった。
 あのカモメは、また海に帰るのかな。

***

 さて。そろそろベッドに入って、目を閉じようと思います。
 海のことを考えながら眠ります。
 夢の中で、珊瑚の森を訪ねてみたいな。

 きみも良い夢を見れますように。
 また手紙を書きます。元気でいてね。

 ルクレイ

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