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九天九地13:違法売買、身の破滅

金貨密売の報い

嘉兵衛の元に、江戸で金貨売買の片棒を担いでいた山口屋の手代、幸助が顔色を変えて飛び込んで来た。

「旦那、旦那はお宅ですか…えらい、どえらいことになりました…」

歯の根もあわないようなおびえ方である。
奥座敷へ通して話を聞いた嘉兵衛は、さすが愕然としてしまった。
江戸の両替屋でこれも売買仲間の玉井幸太郎親子と手代三人が、この朝召し捕られ、小判密売の件を残らず白状してしまったというのである。
もう山口屋と肥前屋の召し捕りも、時間の問題であることは間違いない。

最低でも、数ヶ月の入牢は間違いない…そういう直感があった。
そうなると、いろいろ整理しておかねばならぬこともある。とりあえず、安全な場所に身を潜めて成り行きを見ようと、彼はすぐに旅装を整え、夜のうちに江戸を出発した。

鉱山開発事業で四年の山中生活をしていた為、足は達者である。江戸から横浜を越え、箱根湯元の知り合いの旅館へ、一日二十四時間で二十里の道のりを歩き通した。
翌日の夕方、旅館福住屋に到着した彼は、さすがに疲れ果てて、泥のように眠り続けた。

その晩のこと、嘉兵衛は不思議な夢を見た。
先年、コロリで死んだ姉婿、利兵衛が襖を開けて、部屋へ入って来たのである。

「いままでは、生くべきときに、生きたれど、死ぬべきときに、死にに行くなり」

利兵衛の幽霊は、こういう歌を残して音もなく姿を消してしまった。彼は一瞬で目を覚ました。

「寝入りばなの夢は逆夢、朝起きがけの夢は正夢ということだな…」

(縁起でもないが、昔よく当たる易者に言われたことがあったな…三十前に万両分限になるが、その代わり人災で命を落とすことになる。あの予言はやっぱり当たるのか…)

嘉兵衛は何通かの手紙を書き、近くの知り合いに当てて自分の様子を知らせるべく、早飛脚に託した。
朝食を終え、伊豆山神社へ参詣に出た。
おみくじも「凶」である。

地来復!凶!

その晩、宿へ帰ると、嘉兵衛は鳥籠用の竹ひごを使って急造の筮竹を作った。

地来復 上六

復るに迷う。凶なり。災青あり。用って師を行れば終に大敗あり。其の国君に及ぶ。凶なり。十年に至るまで征す克わず。

確かにその通りだ。莫大な借金を一日も早く返済しようと無理をしての大敗である。この失敗を取り返すには、十年かかるだろう。

しかし、その上爻変は「山雷頤」であり、大きな危難に遭遇するが、命に別状なしと解釈できる。
そして、その苦難が後日の成功につながると、解釈できないこともない。

投獄は免れないにしても、何年か辛抱すれば、もう一度世に出る望みも持てるかもしれない…。
絶望的な状況の中で、それが唯一の希望だった。

手紙の返事は次々に返ってきた。
キネフラ、ディーセンは事が発覚したと知るや、早々と日本を去っていた。そうなれば、もう日本の役人が彼らを追求するすべは無い。
この外人二人に一切の責任を被せ、日本人の仲間の罪は、すべて自分一人で背負っていこうと、嘉兵衛は決心した。

嘉兵衛の自首!

知り合いの家で侍姿に変装した後、妻の実家、江戸の自宅など、各方面に顔を出して別れの挨拶をする。
最後に行ったのは、赤坂溜池の鍋島藩江戸屋敷である。そこでは鍋島家の関係者達が密かに集まって、別離の宴を開いたのだが、その席で井上善兵衛が嘉兵衛に問いかけた。

「お上では、当家にも共犯者がいると睨んでいるようだ。そのほう、これから自首して出るとのこと、それなりの覚悟はあるだろうが、万一拷問などにあって、言うべからざることまで口走るようなことがあっては、殿のご迷惑にならないとも限るまい。その件に関して、その方の心がまえを聞かせてはくれまいか。その申し立ての内容によっては、われらとしても事前にそれなりの準備をいたし、殿に累の及ばぬよう、方策を講じておきたいと思う」

「その御心配には及びません」

嘉兵衛はきっぱりと言い切った。

「このご家中には、このことに関係のあるお方は一人もございません。私はただ、商人として利をはかった為に、道を誤っただけでございます。その罪は自分であがなうべきこと。どのような拷問を受けましょうと、事実でないことは口外できません。ご恩を受けた殿様にご迷惑をおかけすることなど、思いもよらないことでございます。お心やすうお願い申し上げます」

居合わせた人々は、一様に顔を見合わせて、ため息をついた。

「その方の父、先代の嘉兵衛のことが思い出される。殿も、その方の今の言葉をお聞きになったら、この父にしてこの子あり、とさだめし感心なさることであろう。この上はくれぐれも体に気をつけて、再び対面の日が来るまで、ぜひとも達者でおられよ」

嘉兵衛はそれから、呉服橋の北町奉行所に自首して出た。
いったん、留置場にあたる仮牢へ入れられ、数日経ってから、すでに捕らえられている五人の関係者と一緒に白洲に引き出された。
他の関係者はすっかり生きた心地をなくして、憔悴しきっている。
嘉兵衛は五人を見て、すっかり気の毒になってしまった。これらの人々を道連れにして苦痛を与えたところで、どうなるものでもない。

その場で、五人の自白調書を耳にしたあと、嘉兵衛はこう申し立てた。

「五人の自白は、事実と全く違っています。五人はお上のご威光を恐れるあまり、自分たちが犯していないことまで申し立てています。この五人は、詳しい事情は全く知りません。確かに彼らは金貨を私のところまで運んできましたが、その金貨の使い道は知りません。それゆえ、この五人には、全く罪はありません」

取り調べ

翌日から嘉兵衛に対して厳しい取調べが始まった。
取調べにあたっての供述は、鍋島藩で約束したとおり、すべて自分一人で罪を被るものだった。小判を買い集めたのは、最近、小判の相場が上がっているのを見て、買っておけば将来の儲けになると考えてのこと。

そこに突然異人がやってきて、強制的に小判を奪い取り、代わりに銀を置いて行ってしまった、という主張だった。
取り返そうにも、言葉の通じない異人相手で、腕力沙汰ではどうにもならない。
そういうことがたび重なるうち、店には不正手段で置いて行かれた洋銀が溜まってきたため、届け出るにも出られなくなってきた。決して自分は異人に小判を売ったのではないが、躊躇しているうちに、ますます事態が悪化してきた。その為、この上はと、自首して出るに至った、という主張である。

すでに国外に出てしまった異人に全て責任をかぶせる主張で、作り話なのは容易に想像がつくが、話としてはいちおう筋が通っており、矛盾点はない。何よりも当の異人がその場にいないので、これ以上、取調べようがない。
嘉兵衛はとにかく、二人の異人を取り調べてくれ、との一点張りである。

与力たちもこれにはすっかり手を焼いてしまった。いくら作り話と分かっていても、当の異人を取り調べなければ決着はつかない。しかし、国外逃亡してしまった異人が戻ってくるとは、まず思えない。

その後も何度か、白砂の上に引き出されて、高橋、秋山の両与力から、取り調べを受けたが、嘉兵衛の供述は変わらなかった。
やむを得ず、二人の異人が日本に再来するまで、嘉兵衛は入牢ということになった。
帰って来る筈のない異人を待って、嘉兵衛の囚獄生活が始まった。いわば、無期懲役である。
万延元年(1860年)、嘉兵衛はまもなく、三十歳になろうとする年の瀬を、伝馬町の牢獄で過ごすことになったのである。

嘉兵衛がこのような違法な商売に手を染め、入牢までする羽目になったのは、絶え間なく債務に苦しめられ、半分ノイローゼ状態になっていたせい、という説がある。
しかし筆者は、後年の易聖と言われる高島嘉右衛門のイメージとは裏腹に、この時期の嘉兵衛は、血気盛んな年齢でもあり、かなり山っ気も強く、鼻っ柱の強い性格だったのではないか、という気がする。

そして筆者自身、とてもよく、この感覚が分かるのだが、ある星の元に生まれた人間は、実業界では決して順調にはいかず、どこかで邪魔が入って、結果的には必ず失敗する。
自分自身の生き様、道程で、実業界で様々な経験を積むことは必要である。しかしそれらは、本来の居場所ではなく、ある特定の役割に収まるまでの、必要な途中経過なので、この仕事がうまく行って万々歳、一生安泰に暮らしました、とはならない。
あくまでもそれらは途中経過なので、別の言い方をすると、たとえ小判の違法売買をせずに別の商売をしても、必ずそれは結果的に失敗する。
そして終に、必ずある場所へと、納まるべくして納まるのだろうと思う。何のことかと、全く理解できない方も多いだろうが、ある種の人々には、ひっくり返るほど納得できると思う。

いわばそれが、九天九地ということである。一生、安楽に暮らしてゆくのが、その人の役割ではなく、地に落ちる時代もあって天の時代があるのだが、たぶんその天とは、単に事業で成功して分限者になることではない。この時の嘉兵衛には、まだそういう人生は、想像もつかなかったことだろうが、この後の展開は、嘉兵衛の思いもよらなかった、意外な方向へと進んでいくのである。

九天九地14へ続く
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