和語探検~する(擦る)~

 つれづれなるままに、和語をおもうままにひろげるこころみをせむとてするなり。常識的な範囲で、できるだけ和語を漢字で書かないで文章を書く実験もかねている。

 擦る(以下和語であることを示すために「スる」と表記)、ということばをひろげてみよう。どんなことばのひろがりがみえてくるかな?
 「スる」は「あるもの」と「べつのもの」がふれたまま「あるもの」をうごかすこと。これでうまく定義できてるのか、ちょっとわからないけども……。
 車のドアと道路脇の壁をスってしまった、というときは、車のドアと道路脇の壁がふれたまま走り続けてしまったということ。
 ぼくも一回やってしまったことがある。スレスレのつもりが、目算がズレてスレてしまった。
 
 スり減るは、スって減ること。ものとものがふれたまま動いて、表面が減ってしまうこと。これはわかりやすいね。

 世間ズレなんてことばがあるけれど、これは世間一般の考え方とズレているということではなくて、社会に出て、働いたりしていろんな人とふれあうことで、つまりいろんな人と接触した(スレた)ことで、世の中どんな感じなのかわかってて、世の中の裏までわかってるので、こずるいことができる、みたいな意味だ。
(参考URL:「世間ずれ」の意味がずれてしまった……」

 「ひきズる」は、ひいてスること。「あるもの」と「べつのもの」が接したまま「あるもの」をひく。裾をひきズって歩いていたら、それは、裾と地面がふれたまま歩いているということ。

 こする、は接頭辞「こ」と「スる」の複合語。漢字で書くと、どちらも「擦る」になってしまうけれど、これはよろしくない。なぜなら「こスる」と「スる」のつながりが見えにくくなってしまうから。
 両手をコスってくださいといわれたら、みなさん両手をあわせて、ほんのちょっと力をいれてスリスリするはずだ。左手と右手がふれたまま、上下だか左右だかわからないけれども、動かしている。「こスる」の「こ」は、だからきっと、「力をいれて」って意味なんだろうね、たぶん。

 スるは動詞の分類でいうと他動詞なので、かならず「~をスる」の形になる。自動詞にすると? 「スレる」。
 
 スるに対してスレるがあるように、こスるに対してこスレるがある。すなわち、他動詞の「こスる」に対して、自動詞の「こスレる」がある。
 はて。では他動詞の「ひきズる」に対して、自動詞の「ひきズレる」があるのかしらというと、こんなことばはない。ひくという動作がそもそも他動的な動作なので、これを自動詞化することはできないわけだ。

 もうひとつスるに接頭辞をつけたことばがあった。「かスる」だ。漢字だと「掠る」とかくけれど、これもよくない。理由は「こスる」のときと一緒だ。スるとのつながりがみえなくなってしまう。
 かスるってどんな感じか、ちょっと例文を作ってたしかめてみよう。
 バットに球がかすった、っていえば、クリーンヒット!ってわけではないけれども、ちょっとあたったって感じ。かスり傷はちょっとスったときにできた傷のこと。ふむ、「か」って接頭辞は「ちょっと」って意味かな? ググったら、「かスる」はWeblio辞書には「軽く触れて通り過ぎる」と書いてある。たしかにそんな感じだね。
(参考URL:「擦る」

 例のごとく他動詞と自動詞の関係を見いだせるのかな? 「かスる」に対して「かスレる」? 言えそうだけど、でもちょっと待ってほしい。例文で見たように、「かスる」は自動詞のように思われる。バットに球がかスった、っていうときは、形としては自動詞だ。
 さっきのWeblio辞書のページの下のほうを見ると、『[動ラ下二]「かすれる」の文語形』とある。つまり本来は、「バットに球がかスレた」と言うべきだったんだね。
 かスレ声といったら、ちょっとものとものがスれたような、ちいさめの声。
 「か」ってスレる範囲のちいささのことを言ってるのかな……。

 いったん整理しよう。
【左は他動詞、右は自動詞】
スる、スレる 
「スる」は「あるもの」と「べつのもの」がふれたまま「あるもの」をうごかすこと。
こスる、こスレる
「力をいれて」の「こ」+「スる」
かスる、かスレる
「ちょっと、すこし、ちいさい」の「か」+「する」
スり減る
スって表面が減る
世間ズれ
世間とスレる(世間の人々とよくふれあった結果ずるくなる)
ひきズる
「ひき」+「スる」→(自動詞化はできない)

 さらにもうひとつ。そうだ、「さスる」ということばがあるじゃないか。
 友達が酔っぱらって気持ちわるそうにしてたので、背中をさスってあげた。っていうときの、「さスる」。
「背中をこスってあげた」でもよさそうだけど、そこまで力をいれるわけじゃない。かといって、「背中をかスってあげた」だと意味がわからない。背中を一瞬シュッってさわったんか? しかもなんか手でかスった感じすらしない。「背中をスリスリしてあげた」でギリギリよさそうだけど、ほんのりいやらしいひびきがする。
 ぴったりなのは、やはり「さスってあげた」だ。さきほどのWeblio辞書で見たら、『[動ラ五(四)]手のひらなどでからだや物の表面を、くりかえし軽くこする』とある。たしかに「さスる」っていうときは、そんな感じの動作をしている。「さ」は「くりかえし、かるく」の意味なんだね。
 さスレるということばはあるかな? ないね。

 最後に、「なスる」というのもWeblio辞書にあったのでこれも考えてみよう。「~に~をなスりつける」とは言うけども、今の時代だともう「なスる」単独でつかうことはそうないだろうとは思うけれども、単独で使っても文法的には正しいことにはなる。文法的には正しいけど言わない。そういうことばがたまにある。
 「墨を相手の顔になスる」といえば、こう、墨を相手の顔にべったり押しつけてスリスリって感じだ。「罪を誰かになスる」というのは罪を誰かになスりつけること。罪はほんとうは液体ではないので、手でとって相手の顔の表面にスりつけることができるようなものではないけれども、比喩的に言ってるわけだ。同語反復になっているけれども、他に言いようがない……。
 他動詞から自動詞の転換はできない。そもそも意味的に「なスる」の「な」が「他のもの」の意味をもっているみたいなので、「なスレる」ということばは作れないのだ。
 さきほどのまとめを、擬態語(状態、動作をそれっぽく表現したことば)も含めて更新して、まとめにしよう。

【左は他動詞、右は自動詞】
スる、スレる(する、すれる)
「スる」は「あるもの」と「べつのもの」がふれたまま「あるもの」をうごかすこと。
こスる、こスレる(こする、こすれる)
「力をいれて」の「こ」+「スる」
かスる、かスレる(かする、かすれる)
「ちょっと、すこし、ちいさい」の「か」+「スる」
さスる(さする、自動詞なし)
「くりかえし、かるく」の「さ」+「スる」
なスる(なする、自動詞なし)
「他のもの」の「な」+「スる」
スり減る
スって表面が減る
世間ズれ
世間とスれる(世間にもまれた結果ずるくなる)
ひきズる(ひきずる、自動詞なし)
「ひき」+「スる」
スリスリ
擬態語、くりかえしスってる動作を表現
スれスれ
擬態語、スるかスらないかのギリギリの状態を表現

参考URL
Weblio辞書
https://www.weblio.jp/content/%E6%93%A6%E3%82%8B
「世間ずれ」の意味がずれてしまった……」
https://japanknowledge.com/articles/blognihongo/entry.html?entryid=252

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