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手探りの日々

大学が始まって早1週間。来週から授業が始まります。
すでに考えることが多すぎて、パンク気味…

サークルどうしよう?何に入ろう?
この部活は自分に合ってるのかな?
履修どうしよう?
何の授業を取ればいいんだろう?
ご飯どうしよう?栄養偏ってないかな?
量少なすぎないかな?多すぎないかな?
痩せて体調崩さないかな?逆に太ったらどうしよう?
今なら人と被らずにお風呂入れるかな?
食器洗いも早く済ませちゃわないと、人に迷惑だよな…私手際めっちゃ悪いな…
家ではどれくらいの音量で動画とかを見ればいい?どれくらいの声で電話に出ればいい?

こんな感じで色々考えることが多すぎたので、リフレッシュしようと弾丸で実家に帰ることにしました。(まだ実家に色々忘れ物があったのもあるけど)

その電車内で今noteを書いています。
イヤホンで高橋優を聴きながら。なんだかエモいかも笑

生まれてから18年間、東京でしか生活したことがなく、寮に初めて来た時は街灯の暗さや緑の豊かさに衝撃を受けました。
しかし、植物や野鳥が大好きな私にとって、たくさんの生き物に囲まれて生活できる環境はとても幸せで、本当にこの大学に来てよかったな〜って思っています。

少しストレスがあるとするなら、どこにいてもみんなが同じ大学に通っている人しかいない(=顔見知りしかいない)状況というのを気にしてしまうことです。
私は、実は人前でご飯を注文すること、ご飯を買うことがとても苦手です。
人から自分の選択を見られて評価されているんじゃないかと考えてしまい(そんなことは誰も考えていないことは分かっています)、手も足も出なくなってしまうんです。
そのため、周りに「知っている」人がいると、緊張してリラックスできなくなってしまいます。

このような私の性格にとって、スーパーも家も銭湯も、唯一のリラックス方法である「自然」も、全て大学内にあるというのは、便利である反面、十分に休息ができないというデメリットを含んでいたりもします。

常に存在を消して生きていたい訳じゃないけれど、私にはanonymousな人間でいる時間が必要なようです…

電車内で書きながら寝たりしているうちにそろそろ東京に着きました。

東京に来ると、やはり人が沢山いる分、自分が世の中に溶け込めている感じがします。

東京では「個人」を意識せずに、匿名の誰かとして暮らしている。

都外に出て初めて感じたことでした。
ずっと東京にいては、そのようなことに気づかなかったでしょう。

都会の騒がしさ忙しさの中に、郊外とは違う別の休息がある。そんな逆説的なことを考えるきっかけになった帰省でした。

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