雛祭りと17回忌
お経とともに、身体が風景に溶けていく。
いつの間にか、頭のてっぺんの少し後ろらへんから自分を見上げるみたいな視点にうつっていて、お坊さんが「あ〜」とか「え〜」とか伸びた声を発するのに合わせてわたしの身体もどんどん伸びていく。
伸びに伸びた結果、
街を見下ろし、地球は丸いということをたしかめ、オゾン層に到達する。
宇宙の果てにまで達してしまうのかしらと思いを巡らせていたら、
突然ボクッという木魚の音が響き、
それが合図とでもいうようにオゾン層まで到達したわたしの身体はシャボン玉みたいに弾け飛んだ、
と同時に場面は切り替わりそこは境内で、
なぜかぜんぶ漫画の線みたいなコミカライズされた空間になっている。
もちろんわたしも漫画の線でできている。
木魚のボクッ、ボクッに合わせて脳みその中にある諸々の考えがひとつずつ弾け飛ぶ。
弾け飛ぶ様も、漫画でよくでてくるBomb!みたいなもわもわぱちぱちしたイラストとともに消えていく。
脳みその中にある考えがぜんぶ消えてしまったら、お次は線で描かれたわたしが消えていく。
目ッ、耳ッ、鼻ッ、口ッ、って感じで、木魚のリズムとともに、点呼みたいに規則正しく身体の一部が消えていく。
このままじゃ瞬く間に実体がなくなっちゃうんじゃないのと思っていたら、
髪の毛は1本1本消えていくものだから
意外とまったりもったりしているものなんだな。
現実ではすぐに目につくような部位ほど簡単に消えてしまって、あんまり注目されない瑣末な部位はけっこうしぶとくこの世に残りつづけるということを知る。
わたしの身体の3分の2くらいが消えた頃、「それでは、お焼香をお願いします」という声が聞こえ本当の現実に引き戻される。
日常生活でほとんどやることのないお焼香を普段からやってるみたいな造作でこなし、何事もなかったかの様に元の位置に戻る。
これで終わりか〜と思っていたらトドメだ!的なノリでお坊さんが謎の鐘を力いっぱい叩き出す。
ついにわたしは脳天から直接鈍器でぶん殴られて、煩悩はぜんぶ実体を持った活字版になって脳みその中に転がる。
鐘の音に合わせて活字ひとつひとつが揺れる。
固体化した煩悩を外に出してしまいたいけどどうやってやるの?と考えていたら、ボ〜〜ンという轟きと数珠が重なり合うざらついた音を皮切りに活字たちが整列し、耳のちょっと上に開いた穴からそろそろと退出していった。
あ、わたしの煩悩めっちゃ礼儀正しいじゃん。という様を見届けて一連の儀式は終了。
またなんでもなかったようにお坊さんにお辞儀し、会食の席へ向かう。
「みんなで美味しそうに食べてたらおじいちゃんも喜ぶからね」と、昼から豪勢な刺身と酒で腹を満たすことを正当化する。
煩悩が足音揃えて行進してくるのが遠くから聞こえてくる。
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