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継母は魔女

雪の多い国でした。
心優しい王様と美しいお妃様の間には、一人の元気な王子がいました。

王子はお城を抜け出しては、町外れの森に遊びに行きました。
そこには魔女が住んでいました。

その国では、災いが起こった時には森の魔女を頼むようにと言い伝えがありました。
数年前に飢饉が起こった時、王子は王様に連れられて森に行き、初めて魔女に出会いました。
魔女の寂しそうな眼差し、言葉少なく話す低めの声、たおやかな外見、深い知識と底知れぬ魔法の力に触れて、王子はすぐに魔女を好きになりました。

「魔法を見せて」と王子が頼むと、魔女は色とりどりの花を咲かせたり、土人形を作って踊らせてみせたりしました。
王子は、魔女と過ごす時間が好きでした。
人間が苦手だった魔女も、王子のことを好きになっていきました。

ある日、王子は魔女に尋ねました。
「僕が大きくなったら、結婚してくれる?」
魔女はこみ上げる感情を抑えて、寂しそうに答えました。
「それは無理よ。あなたは王子だから、隣の国のお姫様と結婚しなくてはいけないのよ」
王子は悲しくなって、魔女の家を飛び出しました。

そして王子は、魔女に会わないようになりました。
森に来ても魔女の家の周りをぐるぐる歩いて、暗くなると城に帰っていきます。
魔女はそれを感じ取りながら、一人で過ごしました。それは、数年前の生活に戻っただけなのに耐え難い時間でした。
「私は彼と仲良くなるべきではなかった」
魔女は、思い出を取り除く魔法を使いました。
魔法は空を駆け、王子と魔女から二人の思い出を抜き取って、固い固い宝石に変わりました。
王子は魔女のことを忘れ、魔女は王子のことを忘れて、それぞれの生活を送ることになりました。

そして幾年か月日が流れました。
大人になった王子は隣の国のお姫様と結婚して、王様となりました。
しばらくして、二人の間に女の子が生まれました。雪のように白かったので白雪姫と名付けられました。
白雪姫は王様とお妃様に大切にされ、すくすくと育ちました。

しかし白雪姫が幼いうちに流行り病が国中に広まり、お妃様も病気で亡くなってしまいました。
王様は国の言い伝えにしたがって、魔女に会いに行きました。

二人は顔を合わせた途端、すべてを思い出しました。
どこかで、思い出の宝石が砕ける音がしました。
10年前に重ねた年月が一度に溢れ、お互いに恋に落ちました。
しばらくして魔女はお城に移り住み、王様と結婚しました。

白雪姫は王様のことがとても好きだったので、魔女を嫌いになりました。
魔女は白雪姫と仲良くしたいと思いましたが、いつも冷たくされて悲しい思いをしました。
ただ、王様は深く愛してくれたので、魔女は幸せでした。

魔女はとても美しかったので、白雪姫は自分がもっと綺麗になれば王様を独り占めできると考えました。
ある日、白雪姫は魔女に言いました。
「私のほうが綺麗だと認めたら、仲良くするわ」
魔女は白雪姫の方が綺麗だと言いましたが、信じてもらえません。

そこで二人は王国の宝である、真実を告げる魔法の鏡に聞くことにしました。

「鏡よ鏡、私と白雪姫、美しいのはどちら?」
鏡は静かに答えました。
「それはお妃様、あなたです」
白雪姫は怒って立ち去りました。

魔女と白雪姫はすれ違ったまま、何年か過ぎました。
国の病は魔女の魔法で一掃され、元のにぎやかな暮らしが戻っていました。
魔女は国の人からも慕われ、人を苦手な魔女も少しずつ距離を縮められるようになりました。

白雪姫は年頃になり、美しく育ちました。
色々な国の王子が白雪姫との結婚を求めて訪れました。
しかし白雪姫は誰とも会おうとしません。
王様が訳を尋ねると、継母の美しさに比べたら恥ずかしくて顔を出せないから、と白雪姫は答えました。
王様がどれだけ励ましても白雪姫は聞き入れません。そこで王様は、もう一度魔法の鏡に聞いてみることを勧めました。
白雪姫は勇気を出して、魔女と魔法の鏡の間に向かいました。

「鏡よ鏡、私と白雪姫、美しいのはどちら?」
魔女は恐る恐る鏡に尋ねました。
「それは白雪姫です」
鏡は答えました。
ほっとして魔女は白雪姫に微笑みかけました。
その笑顔を見て、白雪姫は自分の心の醜さに気づきました。
恥ずかしさに耐えきれず、お城を飛び出して森に向かいました。

森を当てどもなく彷徨う内に、一軒の家を見つけました。
疲れ切っていた白雪姫は躊躇いながらも家に入り、小さなベッドを繋げてそこに横たわり眠りにつきました。

白雪姫が目を覚ますと、七人の小人に取り囲まれていました。
小人たちは鉱山から宝石を掘り出して何不自由ない暮らしをしていて、尊大な性格をしていました。
勝手に入り込んだ白雪姫を責めて、家事や掃除などの仕事を押し付けました。
白雪姫は逃げ出さないように見張られながら働き続けて、夜は家の片隅に縮こまって寝るのでした。

お城では、魔女が居なくなった白雪姫を懸命に探し続けていました。
奥深い森から探すことは難しく、カラスや魔法の鏡の力を借りながらやっとのことで白雪姫が小人たちの家にいることを突き止めました。
様子を知った魔女は、小人たちから白雪姫を安全に助けるための作戦を考えました。

まず特別な魔法をかけた毒りんごを作りました。
次に魔女の顔は国中に知られているため、姿を変える魔法を使います。長い時間、まったく違う姿に変身するには簡単には元に戻れない条件にする必要があります。魔女は王様に二度と会えないかもしれないと考えながらも、醜い老婆に姿を変えていきました。
そしてこっそりと城を抜け出して森に向かいました。

小人の家についた魔女は、白雪姫と一人の小人以外は居ないことを確認しました。
そして小声で白雪姫を呼び、毒りんごを渡しました。
疲れ切ってお腹も空いていた白雪姫は老婆の正体に気づかず、りんごを口にしました。りんごの毒はすぐに回り、白雪姫は眠るように倒れてしまいました。

見張りの小人がやってきました。床に落ちているりんごを見ると、ふらふらと引き寄せられて一口食べて同じように倒れました。
夕方になって帰ってきた小人たちも、争うようにりんごを口にしてみんな倒れていきました。

隠れて様子を伺っていた魔女は、白雪姫を家から運び出しました。棺を用意してある森の目立たない場所まで連れてきます。そしてガラス張りの棺に白雪姫をそっと横たえて、優しく髪を撫でつけました。
毒りんごには、善き行いをする自分を信じられた時に目覚めることができる魔法がかけられていました。その時までは、眠ったまま自分の心を見つめ直さなければなりません。

その時、白雪姫と魔女を探しに来た王様が馬に乗ってやってきました。そして大事に横たえられている白雪姫を見て、老婆の姿の魔女に話しかけました。
「そなたが白雪姫を助けてくれたのか」
「はい、直に目を覚ますと思うので、姫をよろしくお願いします」
そういって魔女はその場を立ち去ろうとしました。
「待ってくれ」
王様は呼び止めます。
魔女は震えながら振り返ります。
じっと老婆の眼を見つめた王様は、愛しき魔女の名前を呼びました。
自分からは名乗らずに真の姿を見破られないと解けない魔法が解け、魔女は元の姿に戻りました。
言葉も出ず、二人は抱き合いました。
その後ろで白雪姫の目覚める音が聞こえます。

こうして魔女と王様と白雪姫は、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。


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