「すき」という気持ちを自分の中で成り立たせるのが苦手な話(1)
久々に言語化したいことが出てきたので、PCでnoteを開いた。
そしたら、2018〜2019年ごろにnoteで言語化の訓練をすると宣誓してから1つの記事も投稿せず放置していて、もはや笑った。
気まぐれにゆるゆる書き散らす。
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わたしは「すき」という気持ちを自分の中で成り立たせるのが苦手だ。
なにも恋愛だけじゃない。
ミュージシャンや2次元キャラクターなどもその傾向にあるようで厄介だ。そのことに最近やっと気付いたので言語化してみる。
中学で美術部に入って、オタク知識(?)をグングン吸収した。
グロ、BL、(ぬるい)性的なもの…厨二病真っ只中だった。
最終的にどっぷりハマったのはビジュアル系バンドだった。
高校に入りライブに行きたい、ゴスパンクの黒服を買いたいが故にバイトを始める。
(愛読書はKERA!だった)
バイト先でなんとなく話の流れでビジュアル系がすきだと言った。
そしたら、こういう人と付き合いたいの?結婚したいの?と言われた。
何を言っているか理解できなかった。
今後の人生で考えが交わることはない人達だなとさえ思った。
某ビジュアル系バンドのファンクラブに入る。
ファンクラブ名が割と過激だったので、郵便物をみた親と揉める。
(今思えばそりゃ心配するだろとは思う)
中学〜高校思春期にうけた刺激で興味持ったものは、ちょっと人に堂々と言えないものばかりだった。
話が交わらなくてガッカリすることも多い。
そして奇特な目でみられることもわかった。
話が拗れて面倒になることもあった。
あの頃のわたしはうまく説明したり、通じなければうまくかわすことができなかった。
だから、自分の中の「すき」という気持ちを表に出さないことがよいと思ってた。
それでも唯一「服のすき」は、比較的うまく自分の中で成り立たせることができたように思える。
大学は服飾系に進学した。
ファッションに興味を持ったキッカケは、ゴスパンクの黒服。
その後、全身真っ白や森ガール的なファッションへ移行していった。
(時々モードだったり)
「個性的だね」とかけられる言葉の真意が誉めではない時もある。
「魔法が使えそうだね」とオブラートに包む言葉に工夫を感じると面白かった。
直接的に好みじゃない・ダサイ・モテないなど思っていても、直接的な言葉をかける人は減った。
この時、社会性を持った大人になるとはこういうことだと学んだ。
この頃一般的には、まだまだファッションと恋愛は紐付けられる傾向が強かったように思える。
ファッションはモテのため。
そういう考えもあるけど、それだけじゃないことを知っていた。
そういう考えを押し付けて来る人は今後の人生で考えが交わらないとわかっていたので、避けるための基準だくらいに思っていた。
服は誰から何と言われようと奇特な目で見られようと、自分の「すき」を堂々と通せた。
服飾大学にいる人は様々なファッションだったし、自分基準で選んだ服を堂々と着て楽しんでいる人ばかりだったので。
就活中、新宿で下記の広告が目に飛び込んできた。
試着室で思い出したら、本気の恋だと思う
(おそらく2010年頃のLUMINE広告・コピーライター尾形真理子さん)
自分は自分のためにすきな服を着ている。
だから、誰かを思い出すことはないだろう。
だけど、自分のための範疇、その延長で誰かを思い出したら素敵だなと素直に思った。
いまだにその瞬間は訪れない。
いや、訪れたのかもしれないが、覚えていないのでカウント0だ。
<恋愛の「すき」について、続くかもしれない>
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