心の穏やかさを求める「涅槃」と、興奮と刺激

私たちは日々、
多くの興奮と刺激を求めて生きています。

その逆にあるのが
涅槃(ねはん)の境地。


涅槃(ねはん)は

さまざまな執着を離れて、
穏やかな状態になっていること、を指します。


自分の心が穏やかであること
これはお釈迦様が目指した境地であり

心が穏やかであることが
私たちを幸せにしてくれる、というもの。


一方で
私たちが日々の生活の中で
求めていることは

あれが欲しい、
これが欲しい、
ああなりたい、
これさえ手に入れば、
もっとこうしたい、と

「涅槃」ではなく
心の興奮や、
自分の心の衝動や刺激を
求めることをしています。


こうして私たちは
この心の興奮や、衝動を
人生の指針にしていると、
ある時疲れてしまい、
心身のバランスを崩してしまうものです。


こうして心身のバランスを崩した人を
私たちはたくさん見てきていますし、

自分でも、
興奮や刺激を求めすぎて、疲れて、
体調を崩してしまった、なんて経験は
あると思います。


逆に、お釈迦様の目指す「涅槃」
心の穏やかさを目指して生きていけば
心身のバランスを崩すことはなくなります。

それは頭でわかっていても、

私たちは
穏やかさが手に入れば入ったで
また興奮を求めるようになってしまうものです。


これを繰り返して、
いったいどちらが幸せかがわからなくなって
いるのが私たちだと思います。

私たちの多くが求めてしまう刺激や興奮。

でも、仏陀が求めたものは
涅槃、心が穏やかな状態。

どちらが幸せか、、、


今の私であれば、
仏陀のもとめた「涅槃」心の平安の方が
はるかに
幸せであることはわかります。


どれだけ成功をしていても、
どれだけ欲しいものを手にいれていたとしても

心の穏やかさがなければ
私たちはずっと不安や心配で苦しむことになります。


もちろん、
どきどきすることも、
わくわくすることも楽しいですが、

最終的な幸せは
心が穏やかである、ということ。



でも、私たちはこの心の穏やかさは

なにもしていない感覚になり、
まるで自分の人生は暇なもので
退化させているような感覚に
なるかもしれませんが、それは逆。


興奮や刺激の中にいる私たちは
正しい知性や知恵を使えず

間違った判断をして、
自分や人を傷つけたりするものですが、

心が穏やかな時、
私たちは自分の中にある知恵や知性を
正しく使うことができ、

感情や思考に振り回されることがなくなり
創造的になって、
自分も人も幸せにするような行動がとれるようになるものです。


そして、心が穏やかであるためには
今、この瞬間だけに意識を向けて生きること。


周りと比較をして生きるのではなく、
本来の自分のままで生きること。


自分自身をよく知って、
自分が今いる立ち位置からできることを
丁寧につみ重ねていくいくこと。

アーユルヴェーダの
ディナチャルヤ(理想的な朝の過ごし方)
の習慣はそれを思い出させてくれます。


そうやって
自分が自分の心を穏やかにしておくことが
結果的に
私たちを幸せな状態に運んでくれるのだと思います。


刺激や興奮は、
時々楽しみつつ、

でも、自分の中心には
いつも「涅槃の境地」を置いておきたいものだな、と思います。

今日も暑い1日になりそうですね、
どうぞ穏やかで素敵な1日をお過ごしください。

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●アーユルヴェーダ専門サロンMyCocoon
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