誰かの期待に応えなくていい
あなたは誰かからこんな風に生きてほしいなぁ、と感じとりその様に生きていますか?
親からの無言の期待を私も感じて生きていた時がありました。
親というものは我が子に淡い期待を寄せてしまうことは仕方ないのかもしれませんね。
実の親からの期待はもう今はあまり感じません。それは結婚して子供も産まれ、好きな仕事もしているからでしょうか。
ただ、義両親からは期待を感じることがありました。
それは「いつこっちに戻ってくるの?」というものでした。
きちんとした話し合いもしていないのに言葉の端々にその期待を感じます。
終いには家を改修すると言い出したので、私は呆れてしまいました。
こういうのは面倒でもきちんと自分達の考えを言わないといけないですね。
「こちらに戻ってくるつもりはありません。」
ある時はっきりお伝えしました。
またある時は暗に孫を自分達が働いている幼稚園に入れてほしいというような事も言ってきました。
「幼稚園は自分達で選びます」
私はそのようにはっきり告げました。
義両親は息子である私の夫にも度々期待の押し付けをして育ててきたんだろうなぁと思います。
あんまりにも夫が従順なのは小さい頃から期待を断らずに受け取り続けた結果なんだと思いました。
しかし、人間近しい人とも考え方や感じ方はイコールではありませんよね。
いい歳した所帯をもつ男性が親の言いなりではいけません。
誰かが望む様に生きてきた人というのはどこか覇気がありません。
望まれる道が自らも望んで選んでいるならいいのですが、そうでない場合は抜け殻の自分と付き合っていかなくてはならなくなります。
抜け殻は果たして魅力的でしょうか?
活き活きとした命の輝きとはどこから生まれてくるのでしょうか?
ふと考えてしまいます。
ただ期待に応えて生きていくほうが楽な時もありますよね。
大人なのですごくわかります。
周囲の期待に応えた時の周りの反応とかも嬉しかったりしますよね。
オリンピックに出るような選手は本当に周りの期待を背負ってすごいなぁ!と思います。
しかし「いい子=周りの雰囲気を察知して期待通りに動く人」は損だなぁと思ってしまいます。
たまにでいいので周囲の期待に応えない、「NO」を言える人間のほうが私には魅力的に見えます。
だってそれは自分の考えや感じ方があると言うことだから!
結局はそこの核みたいなのがあなたの味なので、私はあなたの味が知りたいんだよっ!といい子ちゃんに感じる時があるからです。
そう思えるようになったのは私がいい具合に歳をとったせいでしょうか?
年齢を重ねるとちょっとあくが強いものが好きになったりしますもんね。
そんな事を思った今日この頃でした。
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