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“遂行機能障害”を理解する③ ~治療的訓練と支援~

前頭葉機能障害を軽減するためのアプローチはまだ十分確立されておらず、認知リハビリテーションの分野においても最もエビデンスの少ない困難な領域と言われている。
今回は遂行機能障害に対する治療的訓練と支援について、三村(2004)を参考に目標の設定、計画の立案、計画の実行の3段階に分けた上で、いくつかの文献をもとにまとめてみたいと思う。

1, 目標の設定-外部からのコントロール

発動性や動機づけといった、いわばリハビリテーションの出発点に問題があると、それ以上の介入が困難となる。行動の開始に障害がある場合、内的にそれを誘発することは一般に困難であり、外的補助手段の使用が中心となる。
一見怠惰に見えていても、行為の開始がつけば、多くの動作を最後まで完遂できるケースもいる。そういった場合には、行為の開始を促すリハビリテーションとして、第1段階で「○○さん、何をしますか?」などと尋ねる。それでも行動しない場合、第2段階として「○○さん、△△をしましょう」と指示する。こういった指示に続いて、賞賛を与え、行動を自ら開始できるよう援助していく。

2, 計画の立案-自己教示法&時間圧力管理法

Ciceroneら(1987)は、計画の立案の障害に対しては「自己教示法(self instruction)」が有効であるとしている。介入の中核は言語による行動のコントロールであり、まず第1段階で患者は課題遂行中のひとつひとつの移動とその意味を大声で言語化するように教示される。次に第2段階ででは、第1段階と同様の作業を小声でささやきながら行うように教示される。最後の第3段階では、ささやくのではなく、自分自身に話しかけるように内言で行うことが求められる。この自己教示法を実生活に応用・汎化させていくためには、実例をあげて教示することも必要となる。
Fassotiら(2000)は“情報処理速度の低下(=精神活動の遅さ)”に対処するために、「時間圧力管理法(time pressure management;TPM)」を考案している。この技法では、まず「この課題をするのに十分な時間をかけよう」という一般的な自己教示を行い、引き続いて①十分な時間がないのに同時にこなさなければならない課題が2つ以上あるか?、もし「はい」なら段階②へ、もし「いいえ」なら課題を実行する、②実際に課題を始めるまえに、どちらの課題ができるかざっとプランを立てる、③どうしても時間切れになってしまったときどうするか、緊急プランを決めておく、④プランや緊急プランを定期的に用い、課題の遂行をモニターする。

3, 計画の実行-問題解決訓練&目標管理訓練

Von Cramonnら(1991、1992)は、前頭葉患者が性急で非体系的なアプローチを無意識に選択する特性を有していることを背景にし、それに対する是正として、課題に対して緩徐な分析・調整を行い、段階的に解決する手法に変更していく認知訓練として「問題解決訓練(Problem Solving Training;PST」を報告している。
問題解決訓練の主目的は「複数の段階がある問題の複雑さを軽減し、より取り組みやすい部分に分ける」ことである。第1段階は問題の分析であり、患者は問題を熟読し、設問を作り、指示の理解を確認する。第2段階は問題の解決であり、患者は問題をより細かく対処しやすい課題に分割し、解決を実行するよう指示される。第3段階は問題解決の評価であり、患者は結果を評価し、誤りを見つけ、訂正することを学習する。
Von Cramonnnの訓練プログラムでは以下のように4つもモジュールから構成されている。

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Levineら(2000)は前頭葉損傷患者の示す遂行機能障害を“目標無視(goal neglect)”と呼ぶDuncanの理論に基づき、「目標管理訓練(goal management training;GMT)」を報告している。ゴールの階層性を明らかにすることを目的とし、進められているところのパフォーマンスをモニターするために、現在進行中の行動を一旦中止させる指示を反復して、持続的注意を活性化させて、ゴールを意識させることを援助する方法である。理論的背景として、右大脳半球の前頭前野-視床-頭頂小葉が果たす持続性注意システム(Posnerら1990)が前頭葉・遂行機能の作動上きわめて重要な役割を担うことに依拠している。仮に持続性注意システムが屈服した場合には、高次に序列化されたゴールに対して、無意識的習慣と環境刺激の妨害が生じて、結果として刺激依存性のゴールから逸脱した行動に陥る。それが注意障害あるいは遂行機能障害として顕在化することになる。
GMTは5つの段階から成っており、順次実施される。第1段階「立ち止まる!」はオリエンテーションに相当する。参加者には現状を評価し、関連目標へ意識を向けるよう訓練を施す。第2段階「定義する」では目標の選択を行い、第3段階「リストを作る」ではその目標を下位目標(=ステップ)に分けてリスト化することの訓練を行う。第4段階「覚える」は、目標と下位目標(=ステップ)を記名する段階である。そして課題を実行させる。第5段階「点検する」では、行為の結果と当初の目標を比較する事の訓練を行う。マッチしなければ、ふたたび最初の段階からやり直す。訓練は実際の課題に即して行われるが、それには指導者が提供する例題や参加者が実生活の中で遭遇している問題が使われる。
その後Levineら(2011)はGMT を構成する7 つのセッションをも明示しているが、なかなか整理が難しかった。まずは上記の5つの段階を押さえておきたいと思う。

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以上、遂行機能障害の治療的訓練と支援について、ごく一部だがまとめてみた。私自身の経験上、上記のような介入が担当症例に的確にはまるのは稀であり、やはり個別性を捉えた上で応用していく(カスタマイズしていく)事が必要になるのだと思う。遂行機能障害に関する個別性を捉える上では前回の記事(“遂行機能障害”を理解する②~関連障害Action Disorganization Syndromeについて~)も参考になるのではないかと思う。

https://note.com/myc_13/n/n0d25b4922826

今回まとめた内容以外にも、もちろん数多くの報告がある。個人的には「鎌倉矩子・本田留美:高次脳機能障害の作業療法.三輪書店,2010」を熟読することをおススメしたい。



最後までご拝読いただきありがとうございました。


【引用文献・書籍】
1)原寛美:遂行機能障害に対する認知リハビリテーション.高次脳機能研究,32(2): 185-193,2012.
2)三村將:前頭葉機能障害のリハビリテーション.老年精神医学雑誌,15:737-747,2004.
3)鎌倉矩子・本田留美:高次脳機能障害の作業療法.三輪書店,2010

4)Cicerone KD,Wood JC:Planning disorder after closed head injury;A cese study.Arch Phys Med Rehabil,68:111-145,1987
5)Fasotti L,Kovacs F,Eling PATM,Brouwer WH:Time pressure management as a compensatory strategy training after closed head injury.Neuropsychol Rehabil,10(1):47-65,2000
6)von Cramon, D. Y. & Matthes-von Cramon, G.:Frontal lobe dysfunctions in patients. ─ therapeutical approaches. In : Cognitive Rehabititaion in Perspective(eds Rodger LI. Wood, Ian Fussey).Taylor & Francis, London, 1990, pp. 164 ─ 179.
7)Levine B, Schweizer TA, O’ Connor C, Turner G,Gillingham S, Stuss DT, Manly T, Robertson IH:Rehabilitation of executive functioning in patients with frontal lobe brain damage with goal management training. Front Hum Neurosci 2011;5:9
8)Levine B, Robertson IH, Clare L,Carter G,et al:Rehabilitation of executive functioning ;An experimental -clinical validation of goal management training.J Int Neuropsychol,6:299-312,2000


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