見出し画像

⑲攫われの姫君と、聖騎士の忘れ形見

「まあ、どうであれ次は王都だ。あと二日ボスウェルにいるが、そっからは直行する予定だ」

ジェフはそういうと、無駄にルカの髪をぐしゃぐしゃにした。

「全く、ここまで面倒だとは思ってなかったぞ」

ジェフは露店の開店準備に向かい、ミモザもそれを手伝いに行った。

「まあ、デイビッドの倅が生きておったのは驚きじゃ。して、当のデイビッドはどうしておる」

ウィルにデイビッドのことを伝えるルカ、そうか、私の父の話でもあるのかと私は少し混乱していた。

「そうか……あれほどのやつでもそんなことで、な」

「俺は街の奴らの仕業って今でも思ってます。そんな急に荷車だけが転がり落ちてくるなんてありえない」

「まあ、そうだろうな。規律に厳しいあいつのことだ、街の人間にも口煩く言っていたのだろうよ」

ウィルはそういうと、すくりと立ち上がり、私の前で跪いた。

「王都までの道中、是非お供させていただきたく存じます」

「もちろんですわ。この旅団の傭兵もいなくなってしまったことですし……ですが、報酬に関しては私持ちで構いません」

「はっ、有難き」

ウィルはそう言うと次にルカの前に立った。

「それじゃあ、ルカ。一つ手合わせをしようじゃないか」

「え、いいんですか?」

「当たり前よ。お前は一応、孫弟子じゃからな」

そういうと、木刀片手に二人は裏庭へ出て行った。
私とルシアはそれを見学に向かった。

「思ったより平気なようだな」

「いえ、正直心中はぐちゃぐちゃです」

「いや、ルカさ。彼は殆ど生まれのことは知らなかったはずだ。魔導士だったこともついこの前にわかったことで、親の素性すら知らなかった」

「そうですね。でも、ルカは芯のあるしっかりした人ですから、動揺は上手く隠すのかも知れません」

ルカの振るう剣は迷いが無い上に、ウィルを少し圧していた。

「なかなかやりおる。あやつ、全てをこやつに教え込んだな。まるでデイビッド瓜二つじゃ」

「ありがとうございます」

汗を拭う二人にルシアが手拭いを投げる。

「少し休憩にしたらどうだ。それにそろそろ露店の警護にも行かねばならない」

そう言うとルカは井戸の水を汲み、頭から桶いっぱいの水を被った。
私はその美しさに見惚れてしまった。
以前から感じていた既視感、そしてどこからか湧いてくる親近感はまさに、彼が兄である証拠だろう。

「あ、あのお兄様?」

「え?」

試しに呼んでみたが、ルカは目をまん丸にしてこちらを見た。

「な、なんでも無いです!」

「えっと……妹よ?」

「はははっ!それは流石に変だろう!」

ルシアはルカの言葉に抱腹絶倒状態だった。

「私、妹でよかったですわ」

「なんかずるいな」

少し膨れ気味のルカの尻をウィルが叩く。

「早く支度してこい」

「ウィルさんも、甲冑で店に立つつもりですか?」

「もちろんわしも着替えるが、別の宿に荷物があるからなまた後でな」

そう言うとウィルは私達の宿から出て行った。


「今日はいつもより賑わってますわね」

「感謝祭だっけ? 先の戦争でこの街が解放された日が今日だったんじゃないか」

「そういえば張り紙がしてありましたね」

「むしろ、賑わってるからこそ、警戒すべきだ。悪党だって知性はあるわけだからな」

「ルシアさんが言うと、何か起こるのかと勘繰ってしまいますわ」

「それは心外だな。まるで私が不吉のサインのように言う」

少しだけ、ほんの少しだけそういう気がしていたのだが、ルシアはそれを軽く嘲笑ってみせた。
賑わう露店通り。
遠くからウィルがゆっくり歩いてくる。

「えらい混雑じゃな」

「なんでも、感謝祭らしいですからね」

「そうか……あれからもう20年か……」

「ウィルさん、知ってるんですか?」

私がそう尋ねると、ウィルは遠くを見つめて一つ息を吐いた。

「あれはわしもまだまだ現役で前線に立っておった頃じゃ。激しい戦闘でお互いの兵力、兵数は最初よりも半分以下。辛くもエルムの勝利じゃった。多くの仲間が戦死したが、若いので唯一生き残っていたのがデイビッドじゃった」

「確かに、文献ではそう残っていたな。ボスウェルの大激戦。公には語られなかったが、それは国の威信のためだろう。なんせ国内最強の聖騎士団を派遣して、兵力を半分以上削られてしまったと言うのだから」

「それはデイビッドも悔やんでおった。何より国の将来のために、あそこで戦っておったからな」

ウィルは前に立つルカを見つめると、少し目を細くした。

「よくよく見れば面影があるのぅ」

「そうなんですか?」

「姫様も、言われてみれば確かにナタルの面影がある。二人ともそれぞれ美男美女じゃったからの。鶏の子は鶏というわけか」

「いや違うぞ。二人は鷹だ。なぜならば魔導士だからだ。この国の力にも、この国の脅威にもなる。全く、厄介だよ……」

ルシアは目を伏せって言う。
未来で何かが起こっているのだろうか?
その詮索は許されず、ルシアはその場を離れた。

「辛い真実かもしれんし、善きことかもしれん。姫様は、自分をお強く持たれることですぞ」

「はい。それついては言われなくとも……」

「ほっほっほっ!流石は未来の自分じゃな。ルシア殿と似てきたのではないですか」

「そうですね。こちらの時間で言われる荒野の魔女に恥じぬ大人にならなくてはなりませんし、いいお手本ですわ」

感謝祭ということもあり、街中でギターを掻き鳴らし踊る町民。
正直、商売にならなくなりつつある。
祭りの渦中で、私は大きなドラゴンが空を飛んでいるのを見た。
あれはリュカだろうか。

「ルカ、今リュカの姿が見えた気がしたのですが」

「そうなの?」

「ええ、ここから見て西の方角へ飛んで行きましたが」

「何かあるのかな。行ってみよう。ウィルさん、この場はお願いしていいですか?」

「ええよ」

「おい、ちゃんと店番してろよ!」

「構わんじゃろ。若いものには旅をさせろと言うし」

ウィルは怒るジェフを宥める。
私達はとりあえずリュカが飛んでいったであろう方角へ向かった。

「やっぱりリュカなのね」

「エリー……ごめん。この前のアレなんだけど」

「どうしたんだ?」

ルカはリュカの顔を覗き込む。

「全然効かなくて……皆んなどんどん病気になっていって……もうどうしたらいいかわからないんだ」

「お困りのようだな」

「ルシア!」

ルシアがリュカに声を掛けると、リュカはルシアの足元に駆け寄って跪いた。

「お願いだルシア!竜人族の里へ来てくれないか?」

「……断る」

「なんで? なんでさ!約束したじゃないか」

「エリーに渡したメモに書いてあっただろう。安静にして栄養もしっかり摂って休むしかない」

「わかってる!わかっているけど……」

「すまないリュカ。力になりたいのは確かだが、私が行って治るものでもないんだ」

リュカはその場に座り込んでしまった。

「だったら、最初からそう言ってよ。助けられないって言えばいいじゃないか。なのに何で期待させるようなこと言うのさ!」

リュカはドラゴンの姿に変身し、ルシアを睨みつけた。

「ほう……私を殺すと? だったら尚更、一族は救えないぞ」

「やめてくださいリュカ!それにルシアさんも!」

ルカが間に割って入ると、リュカはそれを排除するように右腕を振り翳した。

「ダメだルカ!」

ルシアはそう叫ぶ。

「ルカ!」

私は声の限りそう叫んだ。

「……」

そこから、私の記憶はない。
私は気づいたらベッドの上に横たわっていた。
そばには片腕を吊ったルシアがいた。

「気が付いたか……私が付いていながら、無様なものだ。止められなかった。いや、止められはしたのか。過去は変えられぬものなのか……なあ私ならわかるだろう? 私がどんな思い出未来から来るのか。私なら、わかる……だろう?」

ルシアは涙を流しながらそう言う。

「一体、あれから何が……私は何も覚えてなくて。ルカは、ルカは無事なんですか?」

「ああ、無事さ。だが、リュカに攫われた。しかもすぐに治療せねば助からない重傷を負ってな」

「それって……」

「私から言わせて見ればバットエンドだ。最悪の、未来と同じシナリオだ」

「未来でルカはどうなるんですか?」

ルシアはしばらく黙って、その問いに答えることはすぐにはしなかった。
祭りの賑わいが聴こえてこない。
私は一体どうして気を失ったのか。叫び過ぎて酸欠にでもなったのだろうか。

「どうあってもルカを救えないのならば……」

「……どうするんですか?」

「問題の根本を解決するしかない」

「解決?」

少しの間の沈黙が、その場の空気を凍らせた。
ルシアの言う解決が、大体察しがついた私は尚更、その沈黙を破りたくはなかった。

よろしければサポートいただければやる気出ます。 もちろん戴いたサポートは活動などに使わせていただきます。 プレモル飲んだり……(嘘です)