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㉑攫われの姫君と、聖騎士の忘れ形見

その凄惨な様子がそうさせていた。
腹にぱっくり開いた傷。生きているのが不思議なくらいだ。
目を逸らしたくなるその光景を、私はそうすることなく、ジッと涙を流しながら見つめていた。

「エリー!ちょっと来てくれ!」

ルシアが私を呼ぶ。
ルカのそばに行くと、ルカは意識はなく、生きているのが本当に不思議な状態だった。

「正直外から施せることは全部やった。あとは内から治すしかない」

「どうすれば……」

「ルカに魔力を吹き込め。さっき私がやったように」

私はルカのぐったりとした手を取り目を閉じて意識を集中する。
グググッと何か抵抗を感じた後、それをすり抜けるとスムーズにルカの中に入り込む様な感覚。
契りの影響もあり、そして血縁のこともあり、拒否反応は無い。
ルカの深くまで入り込む。
まるでルカが見ている夢を一緒に見ている感覚だ。

「……リー」

声がした気がして目を開く。
私の肩を強く叩くルシア。心配そうに医師達が私を見ていた。

「魔力を注ぎ込みすぎた」

「すみません……」

ルカの様子を見ると傷口は何事もなかったかのように塞がっている。

「すごい……」

「いや、これはエリーの力だ。まさか契りがここで役立つとはな」

まだ眠っているルカを医師達は驚きの表情で観察している。

「これは治癒魔法ですか?」

「そうだな、そうも言えるだろう。ただ、治癒魔法は他者には使えず、自分の傷のみを治療できる。程度によっては時間がかかるが、大抵の負傷なら生きている限りそれが可能だ」

「だからルシアさんの腕も」

「ああ、骨だったから時間がかかった。それに転移魔法のためにエリーに魔力を分けてしまったからな」

「そうだったんですね……」

私の手を握り離さないルカ。目を覚ますのをただ私は祈っていた。

ルカは三日ほど眠り続けようやく目を覚ました。
私はルシアと共に竜人族達の治療に当たっていた。
試作の特効薬はうまく効果が現れ、長老夫人もすっかり元気で、食事の用意を率先して行ってくれた。
竜人族秘伝のタレで焼いた牛のステーキが絶品で、一緒に出てきたテールスープも美味過ぎて私は卒倒しそうになっていた。

「して……姫様はこれからどうされるのですか?」

「王都へ向かおうかと。ここからでしたら、直ぐ行ける距離と伺ってますが……」

「だったら、私が連れて行く。皆んなに迷惑かけちゃったから……」

リュカの申し出に同意すると、ルカはそっと「気にするな」とだけ呟いていた。

「恐らくだが、ジェフ達とも合流できるくらいだろう。ボスウェルを発ったのは確か昨日の朝だったからな」

「絶対文句言われるだろうな……とくにウィルさんには」

突然傭兵の仕事を押し付けてしまったし、元々私のお供をすると申し出てくれていたので、少し申し訳ない。が、行商人の身辺警護も大事な仕事だし、そもそもなぜウィルがボスウェルにいたのかをまだ聞いていない。

「里の皆の状況もだいぶ落ち着いてきましたので、後のことは自分たちにお任せください。それから、これを是非ルカ殿に使っていただきたい。持ってまいれ」


長老がそう言うと、イシュバーンが奥から美しい白銀の鎧を持ってきた。

「これは聖騎士殿がお使いになられた物。さっきのリュカのお詫びと言ってはなんですが、是非お役に立てればと」

「父さんの……?」

ルカはその鎧を見るやなや、一枚のプレートに触れると、何かを悟ったかのように、目を閉じた。

「もしかして、父さんはわかっていたのかもしれない。俺達がいつかここに来ることを」

「むう。いつか倅が世話になるかもしれんからと置いていったのじゃ。大きく、そして逞しくなったものじゃな。あの時の子どもが」

王都からの逃避行中に立ち寄る町としては確かに最寄りではある。
その白銀の鎧と小手、脛当て。金で施された細工が細部に散りばめられており、着るものというよりかは、飾っておくだけでも十分な代物だった。

「少し大きかもしれない……」

「ではこちらへ」

イシュバーンに奥の部屋に入るように言われてルカはそちらに向かった。
私も同行し、その様子を傍らから伺っていた。

「多少のサイズ調整はできるようになっています」

服を脱いだルカの姿に、私は赤面してしまうが、あることに気がついた。

「ルカ……あなた」

あれだけ華奢だったルカの体がしばらく見ないうちに筋肉も付き、そういえば少し背も伸びただろうか。

「身体強化とこの前の治癒魔法の影響だろう」

「わっ!驚かせないでください!」

後ろから突然、私の心を読んだ方のような回答を耳元で囁くルシアに、私は驚きのあまり変な声を出してしまう。

「身体強化。つまり、人間が普段本能でかけているリミッターを解除するもの。そもそも人間がリミッターをかける理由として、それ以上力を発揮すると体が壊れてしまうからだ。だから、リミッターを外して強度も上げた状態で力を使ったり、そこに治癒魔法で超回復という条件を満たせば、普通よりも筋肉の成育が早まるというわけだ」

その説明にその場にいた者全員が納得していた。

「だから背も伸びてたのか」

「自覚していましたの?」

「うん……何度かジェフさんに服買ってもらったし」

「へぇ……」

私は自分の体を見る。特に胸元。ルシアと見比べて溜息を吐いた。
この平らな平原とも呼べる部位が、いつかあのような山脈となるのか……不安だ。
そうこうしているうちに、ルカに鎧が着せられていた。

「どうかな……少し重いけど、それは身体強化で間に合うかな」

「すごく、お似合いです!」

私は興奮気味にそう言うと、ルシアは儚げな目をしてルカを見ていた。
まるで、もう見れないと思っていたものを見れたかのように。
私はその様子を見て、また何か起こるのではないかと不安に掻き立てられた。p

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