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だから、私は空を目指した。【肆】

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「僕が飴玉に夢中で、埋まってた石に躓いてよろけた時、未奈が僕を庇ったんだと思う。未奈の声が聞こえて、僕が転んで笑ってたら、未奈が居なくなってたんだ」

奏雨はそう話を切り出す。
未奈はそれをじっと目を逸らさず聞いていた。
まるで刑事の奏雨が逆に取り調べられているような、異様な構図。

「あの時の僕はガキで馬鹿だったからさ、未奈が道から転げ落ちただなんて考えもしなかった。置いてきちゃったと思って峠の茶屋まで戻ったんだ。それで大人の力を借りても未奈は見つからなくて、結局、家まで送ってもらった」

そして警察や自警団の捜索隊が組織され、未奈を探し回ったが未奈はおろか、遺体すら見つからない。
不可解な事件と認定された後に、更に行方不明者だったり変死体が見つかったりで入山禁止になったのだ。

「そうこうして僕は警察官になれば未奈を探せるって思ったんだけど……なかなかそうはいかなくてね」

奏雨が項垂れると同時に克斗が扉を勢いよく開ける。

「母さんが来てくれるようだ……ただ、母さんの中ではお前はもう亡くなったものだと思っていた。だからさっきはごめんなさいと伝えてくれと」

「わかってる。それでも私のお母さんだもん。警戒心は昔から強かったから」

未奈がそう言うとその言葉に納得したのか、克斗は黙ったまま頷いた。
項垂れていた奏雨は顔を上げて私を見て微笑む。

「どうしたの?」

「やっぱり未奈は未奈だなって思って。昔から、頼れるお姉さんみたいな……」

奏雨は涙を目に溜めていたが、流すことはなかった。
そしてノック音とともに、今度は尾形が取り調べ室に入ってきた。

「……わかった。未奈、行くぞ」

母が到着したようで、私と奏雨は克斗に着いていくように一階へ降りる。

「……」

未奈はさっきの仕打ちを忘れたわけではない。それはお互い様だったが、一緒に来ていた結奈はそうではなかった。

「やっぱりお姉ちゃんだったのね!」

そう言うと結奈は未奈に抱きつく。
ずっしりした他人の重さ。未奈は懐かしさを感じる。
結奈からはすごくいい匂いがした。シャンプーの香りだろうか。未奈はぼーっと考えていた。

「……未奈?」

少し離れたところから、未奈を少し訝しむ視線を送りながら母。
未奈はジッと母を見つめていた。

「ごめんなさい……でも聞いて。あなたが居なくなってから、かなりの数の悪戯があってね……お母さんすぐ疑っちゃうようになって」

「いいの……だって二十年だもんね。笑っちゃうよね、私もう三十路だよ。気持ち悪いよね。私もそう。昨日まで、今日のお昼まで私十歳だったのに、気がついたら……」

未奈は初めて涙を流した。
未奈に襲いかかったこの二十年という月日の欠落感。あるはずだった思い出も全て無くして、通り過ぎてしまった。

克斗がいろいろと手続きを済ませてくれて、克斗の車に全員が乗り込んだ。
奏雨はまだ仕事が残っているからと警察署に残った。

車中では特に目立った会話もなく、結奈はスマートフォンを母は車窓を、克斗はもちろん運転を、未奈は何をすることもなく目線を落とした先にある自分の太腿辺りを見つめていた。

車が停まると、自宅の駐車場だった。父の車は無く、克斗のSUVがスペースの奥に停まった。

玄関から入る。さっきもした当たり前のこと。そして未奈はようやく「ただいま」と言えたことに安堵していた。

「着替え……お母さんの貸してあげるね」

「え、別にいいよ。結奈の……」

「お姉ちゃん、サイズ合わないよ」

「じゃあお兄ちゃんのジャージ……」

「昔じゃないんだから、ぶかぶかだぞ?」

思わぬ悩みの種に未奈は頭を抱えた。

「これじゃいよいよ年頃の主婦って感じがする……」

「我慢しなさい。明日、服屋さん行こっか。他にも色々揃えないと……」

「いいよ気を使わなくて……」

「母さん、未奈は明日から暫く検査入院だ。揃えるとしたら寝間着とかがいいんじゃないか? 病院着にしてその後使えるし」

「確かにそうね」

明日から検査入院ってことを未奈は今知った。

「そうだ、お父さんは? もうすぐ帰ってくるくらいだよね」

「……お父さんはね」

「母さん、俺から話す。実は父さんは……健忘症を患ってな。簡単に言えば記憶喪失になったんだ。学生時代以降の、家庭を築いてからの記憶が無くなってしまったんだ」

「そん……な。記憶は戻らないの?」

「医者が言うには、戻るかも知らないし、一生戻らないかもしれない。そう言われて十七年が過ぎたけどな。原因は、言い辛いが未奈が失踪してからのストレスが発端らしい」

だから父の車がなかったのかと、未奈は冷静に事を受け止めて納得していた。

「お父さんはね、一人でも必死になって探すって言ってたの。でも仕事も繁忙期に差し掛かる頃だったし、克斗の高校受験も控えてた。色んな事でいっぱいいっぱいになっちゃったのね」

「お父さんは今どこに?」

「向こうの実家で暮らしてる。だからそう遠くないところにはいるの。覚えてるでしょ? おじいちゃんの家。でも、最初は思い出してすぐ帰ってくるかなって思ってたんだけど……」

母は少し暗い顔をしたがすぐに笑いながら「未奈が気にすることじゃないわ」と言ってキッチンへと向かった。

「ね、お姉ちゃん今まで何してたの?」

「眠ってたというか……よくわからない。でも、目が覚めた時に神様が居て、色々話聞いて……」

「やっぱり神隠しだったのね!じゃあお姉ちゃん、神様のお嫁さんとか?」

「違う違う。どっちかというと、暇潰しの玩具かな。一応、命の恩人だからね。恩人って言い方は変かもしれないけど、命を救ってくれたことには変わりないから」

結奈は不可解なものを見るかのようにこちらを見ていた。
克斗は腕組みをしたまま、話を聞いていた。

「奏雨から話は聞いてると思うけど、私、急斜面に落ちてあの山にある神社の御神木に横たわってたらしいの。もう息も絶えかけてる状態で」

それを助けたのが、神様の気まぐれで最高の暇潰しだったらしい、と未奈は続けた。

「じゃあ、お姉ちゃんゾンビってこと?」

「まあ、それかもね。でもゾンビって科学者が作るけど、私は神様が作ったゾンビだから特別感はあるよね」

「おばけじゃないってのはこうやって話したり、触ったりできるからわかるけど……ゾンビの可能性高いね」

「そんなの言わないでよ。怖くなってきたじゃない」

二人はまるでずっと一緒に過ごしてきた姉妹のように話を交わす。
今日が初対面のはずが、なぜだか昔からよく知っている気がしていた。
なぜだろうか、この感覚が妙に心地いい、と未奈は感じていた。

「お姉ちゃん私の部屋で寝るでしょ? てか元々お姉ちゃんの部屋だし、見る?」

結奈はそう言い二階へ上がる。
未奈はそれに着いて行った。

「家具の配置とかは変わっちゃってるけど……」

その景色に見覚えがあるようで、ない。
窓の外の景色はほとんど変わりなかった。

「これ……私の」

「そう、お姉ちゃんの勉強机、そのまま私が使ってる。このタンスもだし……」

未奈の中にブワッと記憶が呼び覚まされる。
奇妙な感覚と、絶妙な違和感。
これは自分の記憶じゃない……そう感じ取ったとき、未奈の中には嫌な考えしかなかった。

もしかしたら、お父さんの……。

※九月五日加筆修正

【続く】


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