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だから、私は空を目指した。【参】
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見慣れた町並み。少し変わった様子はあるが、道路も電柱もそのままだ。
ミナにとっては今日のこと。記憶の上では山の峠を越えてからすぐ帰ってきたくらいの感覚だった。
だが、すぐに時の残酷さを目の当たりにした。
見覚えのない建物、長屋通りだった路地がなくなり、大きなマンションに姿を変えていたり、知らない公園ができていたり、ミナはとにかく驚くしかなかった。
小さな道は姿を変えていても大きな道はそのまま、だからかミナは自然と自宅のある方へと歩く。
不安と焦燥。ミナを駆り立てるのは家が残っているかどうか。それにカナウは無事だったのか。
ミナのため息が溢れる。それは安堵のため息だ。
「よかった……家ちゃんとある」
インターフォンの側の表札にもちゃんと『小湊』と書かれている。
門の前でインターフォンを押すべきか悩んでいた。
自分の家に入るのに、インターフォンを押す必要があるのか?
でもあの日から二十年の歳月が経ってしまっていて今更信じてもらえるのだろうか?
「あの……どちら様ですか?」
声を掛けてきたのは女子高生。制服に肩のあたりまでのセミロングの黒髪。どことなくミナに似ていた。
「えっと……小湊さん?」
「はい……そうですけど?」
「お名前は?」
「ユナです。漢字で書くと、結ぶに奈良の奈で結奈ですけど……何ですか? 新手の勧誘とか?」
ミナに妹はいないはずだ。ミナがいなくなってから生まれたのか?
確かに、年齢的にそれだと辻褄が合う。
「えっと……なんて言ったらいいのかな。お姉さんっていますか?」
「いませんけど……」
気まずい空気が流れる。風が少し冷たく、天気雨を予感させる。
「あら結奈、どうしたの? お客様かしら?」
ミナの耳に聞き覚えのある声が聞こえる。間違いなく母の声だった。
「えっと……そうなのかな?」
「……」
ミナは何と言葉を発するべきか悩んだ。今家族は結奈と言う一人娘と両親、幸せな家庭を築いているのだろう。
自分が割り込む余地などない……そう考えていた。
「それにしても……なんだか結奈に似てるわね」
「え?」
「もうお母さん、お姉さん困ってるじゃない。確かになんか私に似てるなって思ったけど……」
結奈は言葉を区切る。
そして少し考えてからミナを怪訝そうな顔で見る。
「もしかして……さっきお姉さんがいるかって訊きましたよね?」
「ええ……確かにそうですけど」
「ちょっと結奈……あんまりそのことは……とにかく、中へどうぞ。外は暑いでしょ?」
ミナは慣れ親しんだ家へと足を踏み入れる。
芳香剤を変えたのか知らない匂いがした。
見慣れた家具。テーブルと椅子はそのままだった。
夢にまでみた大きなソファーがリビングに佇み、大き過ぎるくらいの薄型テレビがテレビ台の上に鎮座している。
「で……ミナのご友人か何かかしら?」
人を家に上げておきながら、いきなりな問いだった。
「何と言えばいいかわからないけど……ミナ……何ですけど」
「……確かに、あの子が生きていたら貴女くらいの年齢だけど、あの子は死んだのよ? 遺体もまだ見つかってないけど、もういなくなってから二十年も経ってる。よくそんな嘘を遺族の前で言えるわね」
言わんとすることはミナにもわかる。だが、これを言わなければ先に進まない。
到底、信じてはもらえないことはわかっていた。
「信じてはもらえないかもしれないけど、本当に私なの。私も気づいたら二十年経ってて信じられないんだけど……」
「……そういう類のイタズラとか慣れてるからいいわ。一応聞いておくけど、貴女の目的は? 盗み? それともお金かしら? 残念だけど、もう何もないわよ。あれば家に上げるなんて真似はしない」
「お母さん……お姉ちゃんの仏壇にあったお姉ちゃんのスマホがないんだけど……」
結奈は仏間を指差して言う。
それを確かめに母は走って仏間に行く。
ミナは鞄の中にあった、黒い板を思い出す。
「あのもしかしてこれですか?」
「あんた……盗るものがないからって」
母はミナからそれを奪い取る。
だが母は驚いたようにそれを投げ捨てた。
「なんで……充電なんてしてないのにどうして動くのよ」
「えっと……私もわからないんですけど、気づいたら鞄に入ってました。私が元々持ってた、限定品のキュアカワのリュックには入れてなかったんですけど……」
ミナは、少しでも自分がミナであることを証明するために、リュックについて言及する。
「貴女がなんで知ってるのよ」
「私のだから。お母さん」
ミナがそう言うとインターフォンがけたたましく鳴る。
婦人警官がズカズカとは言ってくるとミナを取り押さえた。
「ちょうどいいタイミングだったわ!」
もとよりこうする算段だったのだろう。
ミナは受け入れるように警察車両に乗り込む。
「署の方で詳しい話は聞くけれど、名前だけでも教えてくれないかしら?」
「小湊ミナです」
「だから、本名よ」
さっき見せてきた手帳には『尾形』と書いてあった婦人警官は後部座席でミナの右隣から尋ねていた。
「本名です」
「あーもう……とりあえず仮でそうしておきます。じゃあ小湊さん、ミナってどう書くの?」
「未来の未に奈良の奈です」
「小湊未奈ね。まあ一応あってるわね。あの神隠し事件の行方不明の名前と」
尾形は調書にメモをするようにペンを走らせる。
未奈
は意外とあっさりとしていた。
まっすぐ前を見ていると、古びた建物の前に車は停まった。
降りるように促され車を降りると、そこは警察署だった。
館内は外見より綺麗で、忙しそうに人が行き交っていた。
階を登ると取り調べ室に放り込まれて座るなり、バタバタと人が入れ替わり立ち替わり出入りしていく。
「ええっと」
入ってきた好青年はまるでサラリーマンのようなパリッとしたスーツを身にまとい、まるで警察官には見えない出で立ちだった。
「自称、小湊未奈……」
彼はジッと未奈を見つめる。
吸い込まれそうな瞳に未奈は本当に吸い込まれるようだった。
「確かに、似てはいるな。結奈ちゃんがそう言っていたけど」
彼は結奈を知っている。それは単に、この案件については彼が担当しているのだろうかという簡単な疑念にしからなかった。
その姿に見覚えがある気もするが、正直、今は滅入り気味であまり考えが捗らない。
「生年月日は言える?」
「2005年の8月17日生まれ」
「ふむ……ということは今年で丁度三十歳か。なるほどね。それじゃあちょっと、髪の毛を採取してもいいかな?」
「ええ……構いませんが」
彼がくいっと指で指示をすると女性署員が一本髪の毛を採取した。
「正直、僕は君が小湊未奈であると六割位は信じてる。だが、他人の空似だったりする可能性もある。それに……、あれから二十年も経っている。行方不明者が二十年後ひょっこり戻ってくるなんてまず、ない」
彼が言いたいことはわかる。だからこそ、これが神様が言っていたことなんだと思い知っていた。
今この世界で私は異物なのだ。死んだはずの仏間に仏壇を置かれ、有りもしない遺骨、飾られた遺影、供えられた果物とスマートフォン。
あの家の異常性を私はその時感じ始めた。
私の代わりのような私の知らない妹。似たような名前に似たような容姿。恐らくそれで遺された両親は、寂しさを埋めていたのだろう。
「君が居なくなって二十年か。あっという間にも感じるけど」
「あっという間? 面白いこと言うんですね」
「やっと会話になった」
彼は嬉しそうに机に伸し掛かり前のめりにこちらを見る。
「……僕は君を探して、これまで随分と苦労をした。君を探し出すことが、何よりも僕の生き甲斐だった。だから警察官にもなったし」
「何を言ってるのか……そもそもあなたに探される筋合いないですよね」
「やっぱり気付いてないか……僕だよカナウ。柳奏雨」
「嘘よ……」
「本当さ、未奈。僕は君をずっと探していた。だけど、長い間あの山へ行く道が通行止めになってね。それに……」
話を遮るようにノック音が響き男性が一人入ってくる。
「確かに……似ているな。というか、本人か。ほれ、DNA鑑定の結果」
「やった!ビンゴ!!」
奏雨は立ち上がり天高く拳を突き上げた。
「やっぱり未奈だった!さっきは六割って言ったけどこれでもう100%だ!」
「未奈……何はともあれ無事で良かった。俺だ、覚えているか?」
「え、お兄ちゃん?」
未奈の覚えている兄の克斗は一つ違いのもっと小柄で、ゲームが好きな少年だった。
それが今や180せんち超えの高身長と屈強な肉体で、面影は全くと言っていいほどなかった。
「とにかく、母さんに連絡してくる。一応、身元引受人が必要だからな」
「お願いします」
業務的な会話を二人は交わすと克斗はスマートフォンを片手に出ていった。
「ええっと……ここからは詳しい話を訊きたい。この二十年間何をしてたの? 見たところ、健康体だってのはわかるけど、行方不明になっていた割には綺麗過ぎる」
「私にもわからない。記憶だって私の中ではついさっきまで十歳の奏雨と湖を目指して歩いてたんだから……。それで気付いたらこうなってて」
「まさに神隠し」
「ええ。本当にそうなの。ほら、峠の茶屋を過ぎて下り坂に入っていった時くらいからあれが過去のことになったような感じなの。突然車道に出てきて、軽トラックが横切った時に違和感を感じて……」
「違和感?」
「自分の目線が高いなって。それに、私を見て運転手のおじさん、最初は車を止めてこちらを見たんだけど、すぐに驚いて急発進させてたし」
「そりゃあそこが開通してもね……あんまり通りたくないのはわかるよ」
「何かあったの?」
「未奈が失踪して数日後、あそこの茶屋で遺体が見つかった。最初は未奈かと思われたけど、遺体の腐敗が進んでて殆ど白骨化していた。それにその遺体は大人のもので、ちょうど今の僕らくらいの年齢の女性のものだ。しかもDNA鑑定の結果、ボランティアで未奈の捜索に参加していた人だった。その後もあの山に山菜採りに入った人が帰らないことがあって、呪われた山と呼ばれるようになった。結果、あの山は立入禁止になったんだ」
それで探しに行きたくても、簡単にはできなかったんだ、と奏雨は付け加えた。
未奈はそれを聞いて少し心当たりがあった。
――足りない部分は……
その女性の魂が使われたのだろうか?
それが本当なのかはわからない。だから、私がその女性であるわけでも、私の人格がもう一つあるわけでもない。
「やっぱりその謂れのせいで人がいるだなんて思わなかったんだろうね。しかも、こんな美人が山の中の林道に居るだなんて」
「美人って誰のことよ」
未奈は満更でもない顔で言う。
奏雨はほくそ笑むと話を続けた。
「僕の話をしよう……あの日僕らになにがあったかを。未奈だって知りたいだろ?」
未奈は固唾を飲む。
ミナとカナウのあの日の記憶を辿る。
それがどれだけ残酷で愛おしい記憶だったとしても、真実として受け入れねばならない……。
※九月五日加筆修正
【続く】
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