初恋の相手が義妹になった件。第14話
どうやら、昨日の夜のうちに陽菜さんが美夜子さんの母親に連絡を入れていたらしい。
「陽菜……私その」
「ごめんね、美夜子。私、キツく当たっちゃって」
「ううん。私こそ……疲れてるって分かってたのに、ごめん」
二人の和解は思ったよりも早く済んだ。
土曜日の朝、二人は迷惑をかけたお詫びをしたいと、ランチをご馳走するといい、何処がいいかと尋ねてくる。
百花の提案で料理が美味しいと評判の純喫茶に行くことになった。
お昼までの間は、美夜子さんも含めた六人でずっと談笑をしていた。
「そろそろいい時間ね」
陽菜さんのその言葉を合図に、僕らはその純喫茶【ラビューラビュー】に向かった。
雰囲気の良い昭和の喫茶店の趣きと、インテリアの端々がアップデートされているお陰でモダンレトロの様相だった。
評判のハンバーグ定食や喫茶店の定番のナポリタン、その他のランチメニューはどれも美味しそうだ。
挑戦的な僕は新メニューであるハンバーグカレードリアを注文した。
両親はハンバーグ定食、百花と陽菜さん、それに美夜子さんは三者三様で、百花がナポリタン、陽菜さんはオムライス、美夜子さんはポークジンジャー定食を注文して、ちょっとずつシェアしようとの事だった。
料理が届くと目を輝かせて、各々食べていく。
僕のハンバーグカレードリアもシェアの対象になっていたが、ポークジンジャーがとても美味しく、僕は感動していた。
「あー、美味しかったねー」
「そうですね。ずっと気になってたところだったんで、来れてよかったです」
「そうなんだ。まあ、地元だしね。近くにあると案外、きっかけがないと来ないことあるもんね」
お会計は陽菜さんが支払いを済ませてくれており、なんだか流石芸能人だと実感した。
「この後どうしますか?」
美夜子さんが両親に訊ねる。
「んー、とりあえず、お家帰りましょうか」
母がそういうと、この場で解散となり、僕らは自宅へ、陽菜さんと美夜子さんは仲良く手を繋いで帰っていった。
自宅へ戻ると、僕は宿題をするのに部屋に戻ると、百花も一緒にやろうということになった。
それをやり終えた頃に、ちょうど眠くなったので、僕はベッドに入った。
「え、寝るの?」
「だって眠いから」
「夜眠れなくなるよ?」
そんなの構わないと言い、僕は枕に頭を沈めた。
「じゃあ……一緒に寝よっと」
「自分の部屋で寝ればいいだろ?」
「えー、だって彼氏と一緒に居たいじゃん」
百花の口から彼氏という言葉を聞いたのは初めてかもしれない。
僕は少しドキドキしてから、眠りについた。
夕方ごろに目を覚まして百花と一緒にリビングへ行くと、ソファーで両親が仲良く身体を寄せ合って眠っていた。
「邪魔したらあれだし、部屋に戻るか」
「夕飯、どうするんだろう」
「いざとなれば、冷蔵庫の物で何とかできるだろう」
僕は階段を昇ると、百花は僕のシャツの裾を引く。
「どうした?」
「散歩、行かない?」
それも悪くないなと思い、僕は同意して財布だけ取りに行き、二人で外へ出た。
「もうだいぶ暑くなってきたなぁ。日も長くなってきたし」
「初夏と呼べる時期までまだ少しあるけど……」
「春の陽気ってやつだろ。大体、最近ちょっと暑いと夏とか言って季節感ないよな、現代人って」
「まあ、確かにそうだよね。変に空調設備が整ってるせいで、季節を肌で感じれなくなってきてるんじゃない?」
「まあ、感受性とかの問題でもあるけど」
僕らは歩きながらそんな会話をしていた。
大きな公園の中には入り、自然に触れながら春を感じていた。
幸いなことに二人とも花粉症は患っていないため、春は大好きだった。
「ね、夏休みとかどうする?」
「早くないか? まだ中間試験だって終わってないのに」
「でもさ、海行ったりしようよ。私、水着も買いに行きたい」
「……何でそんなに生き急ぎするんだ」
「だって、前もって決めておかないと、いざ行こうってなった時に、時期逃しちゃう可能性もあるじゃない」
「まるで夏本番前の夏物のクリアランスセールだな」
「そうそう。夏が始まる前に、夏物の服は必要でしょ? 心構えもそうなのよ」
百花は自慢気に話すが、そこまで海に行くことに対して身構える必要はあるのか?
「百花の水着、見たことないな」
「え、体育の時とかも?」
「女子の水着姿は見てなかったな……だって結構気の強い女子ばかりだったから、ジロジロ見てたらなんて言われるか……」
「あー、確かにそうかも。梨花子とか結構男子に言ってたもんね」
桜の木も、花びらから青々とした葉っぱに変わり、四月の終わりを感じさせる。
自然は雄弁である。こうして、僕らに季節を教えてくれる。
「その前にゴールデンウイークがあるじゃないか」
「あ、忘れてた」
「ゴールデンウイークの心構えはしてないのか?」
何もしていなかったのか、百花はだんまりを決め込んだ。
「あ、でも、お母さんが丁度いい機会だし、両家に改めて挨拶に行こうかって話してたよ」
「そういえば、百花の方のお祖父ちゃんお祖母ちゃんにあったことないな。どんな人なの?」
「お母さんの実家、広島だからなぁ。最近あんまり帰れてなくて、ビデオ通話くらいでしか話してないんだよね」
「へえ……広島。修学旅行で行ったなぁ」
百花曰く、母の、清恵さんの実家は尾道市の生口島にあるらしい。
「ああ、レモンで有名な……」
「よく知ってるね」
「なんか特集で見た覚えがあるだけだよ」
テレビのその特集を見て、その長閑な島の雰囲気を覚えている。
しまなみ海道で結ばれている島々の風景がとても綺麗で、一度は行ってみたいと思っていた。
「でも、夏の方がいいなぁ……海綺麗だし」
「百花の基準は海なのか? そんなに海好きなんだ」
「違うよ!だって高校生の夏の思い出といえば海で泳いでスイカ割りして線香花火でしょ!」
「何に影響されたんだ……」
昭和レトロな夏の楽しみ方。いや、そもそも夏の楽しみ方は昔から変わらないのだろう。季節の楽しみはそう簡単に変わるまい。
「悠人のお祖父ちゃんは? お祖母ちゃんは亡くなったんだよね?」
「うん。祖父ちゃんは今でも元気だよ。家もそう遠くないし、祖母ちゃんのお墓も近い」
僕は、ゴールデンウイーク中には母の命日があることを思い出した。忘れていたわけではないが、百花も清恵さんもそのタイミングでお墓参りに行くといいだろうと、僕は思った。
僕らは公園内の自販機で飲み物を買って、木陰のベンチに腰掛けた。
「い、意外と誰もいないね」
「別に、狙って来たわけじゃないからな」
「わかってるよ!」
ミルクティーを飲む百花は何故か照れていた。
僕は不思議そうな顔でそれを見て、カフェオレを飲む。
「こうしてる時間が堪らなく愛おしい」
「え?」
「だってさ、当たり前じゃなかったんだよ。先月まで。ずっと片想いだって思ってた恋が実って、まさか一緒に暮らすとは思ってもなかったよ」
「そうだな……まあその片想いが両想いだとわかった時の拍子の抜け方は半端なかったけどな」
「あはは……確かに。あの時間なんだったんだって思った」
赤く染まる西の空を見ながら僕らはベンチの上で唇を重ねてみる。
「そ、外だと恥ずかしいね」
「見られてたらって考えると……」
僕が目線を向けた先に、見覚えのある人影が見えた。
「あ……盗み見してたわけじゃないからね!」
「エレナちゃん……」
百花はエレナの存在に驚く。
「もちろん、二人が付き合ってるってのは知ってるし、私は悠人を趣味の合う友達くらいにしか思ってないから!」
エレナが何を否定しようとしているのか僕らはわからなかった。
体育の授業で見せたことないくらいの俊足をかっ飛ばして、エレナは姿を消した。
「また月曜日に釈明しないとだね」
「何を? 付き合ってるってのはエレナ、知ってるわけでだし」
「でも多分、エレナって悠人のこと好きだと思う。見ててわかるもん」
「……それで百花はどうするんだ?」
「んー、エレナを愛人として囲ってしまえばって」
「僕、どんな人間って思われてるんだ……僕はどれだけエレナに言い寄られても、百花を選ぶよ」
「もし私が他の男に言い寄られたら?」
「その時は全力で叩き潰す」
「でも、私がその人に惹かれてたら?」
「それは……」
僕は悩んだ。たしかにその場合無理矢理引き離すのは罪なことじゃないか?
「その時は、後悔させてやる。僕を選ばなかったことに対して」
「怖いけど……なんか悠人らしい」
「でもさ、本当に他の誰かが良いって時はちゃんと言えよ。僕は無理矢理自分のものにしたいだなんて思ってないからさ」
「……ないと思うけど、わかった」
百花が他の誰かを好きになることに、僕は耐えられるのだろうかと思った。もしかしたら、エレナをその時の保険とでも僕は考えているのだろうか?
そうだとしたら、僕は最低だ。そんな選択は絶対してはいけない。
「私は、悠人が他の誰かを好きになったらその女、殺すからね」
「物騒すぎだろ」
「私は本気よ……悠人がその相手を好きになったことを後悔させる」
「それで言えば、僕も同じか……よしわかった。僕らは一生添い遂げよう。そしたら被害者はゼロだ」
「プロポーズはもっとロマンチックなのがいいな……指輪もないし」
「大丈夫、ちゃんとしたプロポーズは改めてするから」
百花はその言葉を聞くと、僕に抱きついた。僕はそれを受け止めて百花を抱き締めた。
「あと、浮気したら絶対殺すから」
ドスの効いた百花の声が僕の脳を揺さぶる。
「もちろん、それを言うなら僕だって百花が浮気した時、縄で縛って拷問してやる」
「それは……ちょっと楽しみ」
その時僕は、百花がドが付くくらいのMなことを知った。
僕はいやらしいことを考えながら帰路についたが、自宅へ戻った頃にはそんなことどうでも良くなっていた。
だって、両親はまだ寝ていたからだ。
「夕飯……どうする?」
「何か作るか」
「私、手伝うね」
そう言って僕らは冷蔵庫の中身をチェックしたのだった。
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