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だから、私は空を目指した。【弐】

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蘇る記憶などない。さっきまで小学生で、子どもで夏休みを謳歌していたのだから。
そんな恐怖にも似た感覚がミナを襲う。

茶屋の廃墟は本当に時間の経過でそうなったのか。
時間の経過?
自問自答の末の混乱。

カナウは何処へ行ったのか、カナウは生きているのだろうか。ならばカナウも大人になってるはずだ。

再び茶屋の辺りを捜索すると、獣道のような小道が見えた。
道なりに進んでいくと大きな木製の鳥居が見えてくる。
こんな鳥居、在っただろうか?
しかしほぼ朽ちかけ、根元の部分は苔が生えている年季の入った鳥居をミナは潜る。
しんとした境内にある小さな社殿。もう何年も、何十年も人が来ていないような、廃神社。
いたる所に苔が蒸し、落ち葉が積もり積もって自然の腐葉土と化している。
だが不思議と蜘蛛の巣はない。虫の類、獣など、生物がいる様子がない。
さっきまでと同じで、人の気どころかといった感じだ。

恐る恐る、社殿の奥を覗く。ミナはそこにカナウがいるかも知れないと思ったが、そこには少しくすんだ御神体である鏡と、錆びた剣と勾玉。それはまるで、三種の神器を模したような。

「おお、目覚めたか少女よ。いや、もう立派な淑女か……」

荘厳な低音が腹の底に響くような声がした。

「あなたは……?」

「わしか? そうじゃな……簡単に言えば神、じゃな」

「神様がどうして……」

「ん? 何も憶えておらんのか?」

自称神様。とはいえ、立派な髭を伸ばしているわけでも、長髪でもない。
簡単に言えば人と変わりがない。そしてその顔、その出で立ちがカナウそっくりである。

「カ、カナウはどこよ!あなたのその姿……まるでカナウ本人のようだけど、もしかして取り憑いてるとかじゃないでしょうね!」

「ほう……お主にはそう見えておるのか。神というのは人間が都合のいい解釈で作ったマガイモノ。つまり、姿形も都合よく見えるわけじゃよ。お主のいうカナウとか言うものの姿をしているのは、お主がそう見ているからじゃ」

「じゃあ、カナウは……」

「さあ……そのような者はわしは知らん。知っておるのはお主が一人、そこの御神木の足元で気を失っていたことくらいじゃ」

ミナは指差された方を見ると、大きな楠が苔と蔦に覆われており、曰くそれが御神木らしい。

「全く……あの時は迷惑を掛けられたものよ。わしは善意でお主を助けたというのに、人というものはやれ神隠しだの言い出しよって」

「神隠し?」

「お主は本来ならもう死んでおる。あの楠の下で気を失っていた時、息絶えるはずじゃった。じゃが、わしの気まぐれと言ったら悪く聞こえるが、わしは神じゃ。救いを与えたくなる。それにここには滅多に人は来ん。丁度いい暇潰しと思ったんじゃ」

私はその暇潰しで生きている?
この体はじゃあ、時間経過の末の結果であるというのか。
単純に成長した姿。けれど説明つかないこともある。それは神域での人には理解出来ない理である、とでも言うのだろうか。

「……何を見返りとして求めるんですか?」

「何?」

「見返りです。施し、救いを与えたということは、何かしら見返りを求めるものじゃないんですか?」

「はーはっは!」

彼は大笑いをあげる。腹を抱えて、まさに抱腹絶倒。それほど面白いギャグを下かと疑いたくなるくらい、笑い転げている。

「はー……よう笑ったわ。一つ、勘違いを正してやろう。神は見返りを求めんよ。そもそも、昔はよく生贄だとか人柱だとかを供物として持ってこられたが、神をおとぎ話の化物と勘違いしておるのか? わしら神は居るだけで、何も求めん。まあ、唯一求めるとしたら立派な住処を作ってくれということだけじゃな」

「ならば……今は?」

「正直、住み慣れておるからな。これもまた風情と言うやつじゃ」

「風情……ですか? 私には廃墟にしか見えないですけど」

「それも、お主の都合よく解釈した結果じゃ。わしの解釈では風情がある、というだけじゃ」

解釈違いということで片付けられるのかとミナは辺りを見渡す。

「それより……私はどうすればいいんですか? 見返りもいらないとなるとどうすれば……」

「自由に生きればよい。わしの行いが間違えでは無かったと証明してくれ。お主を待っておる者もいるじゃろうし」

「待ってる……? 二十年も神隠しとかいう行方不明になっていて?」

「二十年なんぞたった二十年じゃ。お主ら人からすれば結構な時間じゃろうが、わしら神からすればあっという間じゃ。死にかけの、殆ど死んでおったお主を甦らせるのもあっという間じゃった」

「二十年もかかったんですか?」

「壊すのは簡単じゃ……じゃが作るのは難しい。それと同じよ。殆ど壊れているに等しい命を直す。殆ど無から組み立て直すというのは、中々骨が折れる。現に二十年という時を掛けた」

たった二十年。神々の世界ではそうなのであろう。もしかしたら、地球という惑星からすれば、人で言うところの1秒にも満たないのかもしれない。

「体は簡単じゃった。じゃが、魂がな。一度壊れた魂はそう簡単に元には戻せん」

ミナは自分の体をキツく抱きしめる。この体は作り直された体であること。魂も? 今の自分がホントに自分であるのか不安になる。

「私は……私なの?」

「ああ、概ね元のお主じゃ。そう、概ね元通り。足りない部分は……」

「まさかっ!カナウの魂を使ったとか言うんじゃないでしょうね!」

「待て待て……そもそも野垂れ死にかけておったのはお主だけじゃって、先程も言ったろうが……そのカナウとやらは知らん。いうて、神にも領土というものが在ってな、此処の山一帯がわしの領地。その中で起こる事象の全てをわしは把握しとるがの、カナウとやらは本当に知らん」

「じゃあカナウは……湖に着いたの? それとも……」

ミナの脳裏にはネガティブな予感しか過ぎらなかった。カナウは自分とは別の場所で……。

「ああ……お主を探しに来た大人達はお主の名前だけを叫んでおった。つまり、そのカナウとやらも探すとなれば普通その名も呼ぶじゃろう?」

「じゃあ、カナウは無事……ってことですかね?」

「恐らくは。ただ、あくまでも推察じゃ。もしかしたらお主より先に死体が見つかったのかもしれんし、助かったのかもしれんし、そこはわしには……」

「そうですよね!ありがとうございました!その、命を救って頂いて!」

ミナは一刻も早く家に帰りたかった。湖を目指した時はつまらない町から少しでも遠くへ行きたいという気持ちから。今はあの町が恋しくて仕方がない。
カナウが大人になっていたら、目の前にいる神様のような好青年なのだろうか。
お父さんお母さん、お兄ちゃんは元気にしているだろうか。お祖父ちゃんはだいぶ年だろうけど、まだ畑仕事をしているのだろうか?

「おい、ミナよ」

ミナは走り出そうとした足を止めて振り返る。

「無理な話かもしれんが、何があってもしっかり受け止めるのじゃぞ。辛くなったら……戻ってきてもええんじゃぞ?」

ミナはまだこの時何も考えてなかった。


自分がこの後どうなるのか。


【続く】

※九月五日加筆修正済み



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