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⑱攫われの姫君と、聖騎士の忘れ形見

慌てて外へ出てみると、広場には人集りができており、その円状になった人の塊の真ん中でからその音は聞こえていた。
男達の野太い声に、女達の甲高い声が入り混じり、耳が痛くなりそうだった。

「あれは……」

音のする方を見てルカはそう言った。
甲冑姿の二人が剣を交えている。
一人は老練の騎士と言ったところか、白髪混じりの髭を蓄えている。
もう一人は若い騎士。精悍な顔つきの男前と言われる部類の騎士。
その二人の闘いをルカは目を輝かせながら見ている。
私はと言うと、見覚えのある老練の騎士の名前を思い出せずにいた。
しかし、そうこうしている内に闘いは決着していた。

「ま、まいった」

若い棋士が降参の証に両手を上げていた。
剣を鞘に戻して、老練の騎士はその場を去ろうとする。
が、私の方を偶々見ると、何かに気づいたようにこちらに向かって歩いてくる。

「もし、そちらのお方はもしや……」

「なんだ爺さん」

ルカが剣の柄に手をやり私の前に出る。

「子どもか……流石に子ども相手は気が引けるな」

「やってみなくちゃわからないだろう?」

ルカはいつになくやる気になっている。
まともに剣を振るうのも久しぶりだと言っていたが、ここ数日はずっと素振りをしていたり、型の稽古をしていたりと、剣技の研鑽を怠っていない。剣の手入れも入念に行っており、最初にもらった時より剣は輝いて見える。

「小僧、生意気言いおって」

「別に、用を訊いただけだ。事と場合によってはって話だよ」

ルカがそう言うと、老練の騎士は鼻で笑った。

「いや、攫われた姫様に似ておったからな」

「……知ってるのか? エレナ姫を」

「ああ、よく知っておるよ。なんせわしは……」

「すまない。ここではなんだから、私達の泊まっている宿で話をしないか?」

後ろからルシアがそういうと、少し周りを見渡してから老練の騎士は頷いた。
宿の食堂に一堂が会する。
私は少し後ろに追いやられたが、その場に居た。

「さて、何から話せばよいか」

「まず名前だ」

「わしはウィル。ウィル・アーヴィングじゃ」

「思い出しました!ウィルですね!」

「やはりエレナ姫であったか。いや、お久しゅうございます」

「知り合い?」

ルカがそう言うと私はすぐに頷いた。

「王宮の騎士団の一人です。最も歴の長い方でしたが5年前に退団されて以来ですわ」

「姫様も、噂で誘拐されたとお聞きしましたが……まさかこの者達に?」

「いいえ、この方達はそうではありません。特にそこの少年、ルカは私を人身売買に掛けられるところを救っていただいた何よりの恩人です」

「ほう、この小僧が」

「ルカだ。名前くらいちゃんと覚えてください。ウィルさん」

ウィルはジッとルカを見ると、何かを悟ったように目を閉じて一つ息を吐いた。
そして目を開き、テーブルの上のルカの剣を見ると、何か納得したように小刻みに頷いていた。

「なるほどな。デイビッドと息子か。いやはや、なんの因果か」

「父さんを知ってるんですか?」

「よく知っておるよ。わしの教え子だったからな。それだけじゃなく、聖騎士としても名を馳せておったし、剣の道を歩む者は一度は名を聞いたことがあるはずじゃ」

「確かにサイモンさんも父さんに憧れて騎士になったって言ってたな」

「サイモン? あの若造がか」

「ええ、でも色々あって……」

ルカがサイモンとのいざこざをウィルに説明してる間、私はルシアに一つ尋ねた。

「ルシアさんは、わかっていたんじゃないですか?」

「まあな。懐かしい顔だからな」

一通り説明を終えて、ウィルは項垂れていた。

「全く……サイモンもサイモンじゃが、陛下は何を考えておるのじゃ。可愛い娘が攫われたと言うのに何もせんとは」

「恐らく、私が魔導士だからでしょうね。魔導士が王になった例はエルムにはありませんが他国で何度かありました。その結果は……」

「皆、力を持って独裁政治を敷いた。それはわかる。じゃが……」

「それは隠さなければならない秘密があるからだ」

「秘密?」

ルシアの言葉は、その場にいた全員の注目を集めた。

「エレナ姫の秘密とは、出生についてだ」

「出生……ですか?」

「わしはそんな話、聞いたこともないぞ」

「当たり前だ、これは一部の人間しか知らない。そして、何よりこの国始まって以来の皮肉な話だ」

ルシアは私とルカを見てどこか悲しげな目をした。

「王の権威に関わる重大な、何よりも秘匿したい話。ある双子の話だ」

「ある双子じゃと?」

「ああ。私もそれを知って納得した」

ルシアが何を話そうとしているのか、私は何も想像できていなかった。
ルカは、何か面白い話が聞けそうだとそわそわしていた。

「一国の王がある女に手を出した。王妃である妻がいるにも関わらず、聖騎士の妻に手を出した話だ」

「まさか、母さん?」

「ああ。つまりデイビッドの妻であるナタルに手を出した」

「確かにナタルは美しい女性じゃったが……」

「一晩きりの話ではあったが、それからしばらくしてナタルの妊娠が発覚した。それを知った国王は大慌てで措置を施そうとしたが……」

「まさか、デイビッドはそれが原因で王都から姿を消したと言うのか?」

「いや、それはその後の話だ。ナタルの腹の子は自分の子どもだと思い込んだ王は、デイビッドと話あった。まだ王妃との間に子どもができていなかったこともあり、子は王家で引き受けたいとの申し出だった。だが、デイビットはそれを断った。何故なら、お腹の子は自分の子どもだと確信していたからだ」

私は話を飲み込めずにいた。
その子どもの話は私のことなのか。何故それを私であるルシアが知っているのか。

「そして子は生まれ、男と女の双子だった。お産室で産声を聞いた王家の忍が、すかさず攫うように一人の子を持ち去った。それがエレナ……」

「……待ってください。では、私とルカは兄妹ということですか?」

「ああそうだ。ルカは兄で、妹がエレナ。そしてここからが大事な話だが……」

「いやです!聞きたくありません!私とルカが……兄妹だなんて信じられません!」

「そうは言っても本当の話だ。全て裏どりもしている」

「何故、黙っていたんですか? いつでも話すチャンスはあったはずです」

ルカがそう問うと、ルシアは苦虫を噛んだような表情をした。

「私自身、信じたくなかったからだよ。初恋の人は実は双子の兄妹で、さらに自分のせいで酷い目に遭っていたと知れば、私だって知りたくない話だったさ」

「待て、あんたルシアとか言ったな。何者だ?」

ウィルはルシアに対して聞くと、ルシアは自分の素性を話た。
流石に驚きはしていたが、それを飲み込んだウィルは話の続きを求めた。

「エレナを攫ってから気づいた。男じゃなく女を攫ってきてしまったこと、そしてエレナに魔導石があったこと。そこから、デイビッドが王都を去る原因になったことが起こる」

「……おかしい。俺も魔導石を持って生まれてきてるのに、それだったら別に二人ともそうだったから、仕方ないってなると思うんだけど」

「ルカ。お前は元々魔導石を持っていなかった」

衝撃の事実に私は耳を塞ぎたくなった。
では、ルカの魔導石は一体何なのか。
あり得る話で言えば、生きた魔導士の心臓を食べるか、人間ではなく、魔物の心臓を食べるかになる。
しかし、生きたままの心臓を食べるとなると、残酷すぎる。
私は想像しただけで吐き気を催した。

「大昔、古代文明が栄えていた頃、心臓の移植と言うものがあった」

「移植?」

「ああ。元々は心臓が悪い人間の治療として行っていたものだ。移植元の人間は脳死状態、つまり意識を失ったまま一生を過ごしていた人間から心臓が取り出されるものだ」

「そんな都合よく、見つかるのですか? 脳死状態の魔導士なんて」

「ああ。だから生きたままの魔導士を拘束して移植した。記録も残っていた。後生大事に、王立図書館の禁書庫にな」

禁書庫によくあるものは人道に外れた実験などの結果を書いた書物など、人目に触れてはならないが、記録としては残しておきたい書物だ。

「つまり、俺の心臓は他の人の物ってこと?」

「ああ。結局二人とも魔導士だったことになれば、王家も諦めがつくと踏んだんだろう」

「……すみません。少し気分が優れないので部屋で休みます」

私はふらついた足取りで二階に上がろうとすると、ルカが肩を貸してくれたがそれを振り解いた。

「……ごめんなさい。今はそういうの少し嫌なんです」

「ご、ごめん」

ルカは俯きながらそう言うと食堂へ戻って行った。
私はベッドに横になると、自分の心音を聞いていた。
ここに魔導石がなければ、今頃は平和に過ごせていたのだろうか。
そして一度も会ったことのない母の姿。王妃である母は生みの親ですらなかった。
そして、ルカが兄であったこと、私は王家とは関係ない血筋だったこと、全てが飴細工のようにぐにゃぐにゃになり混ざる。
だが切っても切っても断面は同じ模様になる。どれだけ否定しても、事実は変わらない。それが、真実だからだ。
嘘偽りのない、変えようがないことである。
私に力があれば過去に飛んで全てをやり直すこともできるだろうか?

「それは、無理だ」

ルシアが扉を開けてそういう。

「読心術を会得されたのですか?」

「そうじゃない。単純に私の考えることだからな。まあ、その衝動が将来に影響を与えたんだがな」

「過去に戻ることをですか?」

「ああ。戻るという形ではなく、過去に行くことになるがな。どれだけ調べても、戻ることはできなかった」

「……私はどうすればいいのですか」

「とにかく、王都に行け。そこで全て決まる。これまでも、これからも。私も出来うる限り、力になる」

「ありがとうございます」

ルシアは私を抱きしめると、頬に一筋の涙を流していた。
私もつられるように涙を流した。
そうだ、彼女だってこの事実を過去に未来の自分から伝えられたのだ。その時の辛い気持ちは重々わかっているのだろう。
私も将来その立場になるんだろう。

「少し落ち着きました」

「そうか……」

「ルカの様子は?」

「あいつは心配ない。それに少し記憶の断片が残っているらしい。実験の光景を覚えていると言っていた。まだ二歳の頃だったと言うのに」

「それでデイビッドさん……父が王都を出るきっかけになったんですね」

「正直、国王には反吐が出る。気づかなかったんだろう、自分が種無しだって言うことを」

「た、種無しですか?」

「子どもができない原因が自分にあることを理解していなかった。それで王妃のせいにして他の女に手を出した。まして、身近な自分の武の右腕とも言える聖騎士の妻に手を出すとはな。この前久しぶりに会ったから思いっきりぶん殴っておいた」

「大丈夫ですか? 指名手配とかされてるんじゃ」

「私は荒野の魔女だぞ? 向こうも手出しすればどうなるかわかっているさ」

ルシアは悪い顔をした。
それはまるで絵本の中の悪い魔女のようだった。

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