だから、私は空を目指した。【伍】
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翌日になって未奈は病院で身体中をくまなく検査するため、1日だけ入院することになった。
結果は異常なし。どこにも悪いところは見られず、至って健康体だった。
自宅に戻り数日経った日曜日、未奈はふと思い立った。
「ねえ、お父さんに会いに行っていいかな?」
母は驚いたような顔をしたが、すぐ真顔に戻って口を開く。
「お父さんの実家、覚えてる?」
「うん」
「もしかしたら未奈を見れば思い出すかもしれないわね……でも成長した娘を見るのは刺激が強いかしら……お父さんの主治医の先生に相談してみるね」
母はそう言うと受話器を手にして電話をかけ始めた。デジタルディスプレイに番号が記されている。
しばらく話すと、母は電話を切り神妙そうな顔でまた口を開く。
「おじいちゃんには見つかったこと伝えておくから、申し訳ないけど一人で行ってきてくれる……お母さんはその……あの人と顔合わせ辛いから」
記憶を失った伴侶と会うのは気不味いのは未奈にもなんとなく理解できた。
しかし、母の様子からして何かシコリがあるように思えたが、未奈はそこまで詮索せず準備を始める。
何故か勝手の分かる化粧をし、この前買った洋服に着替え、未奈は家を出た。
「お姉ちゃん!」
結奈が息を切らせて追いかけてきた。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「お姉ちゃんがどこかへ行っちゃうのかって思って」
「行かないわよ。ああ、お父さんのところに行くつもりなの。せっかく戻ってきたし」
「そう……なら私も行く。おじいちゃんに会いたいし」
そう言って、結奈もついてくることになった。
「結奈っておじいちゃんっ子?」
「別にそうじゃないけど……おじいちゃん記憶が曖昧になってきてるから……」
「なるほど、憶えてるうちに会っとかないとね」
結奈が頷くと、バス停が見えてくる。
ちょうど家から一番近いバス停から、出ているバスに乗れば一本で向かえるので、未奈はよく父の実家に行っていた。
やってきたバスに乗り込み、座席に座る。
少し小さくなったような印象を受けたが、未奈が大きくなったからだとすぐに理解した。
「お父さんってどんな人だったの?」
「変なこと聞くわね」
「だってさ、私が物心ついた時にはもうお父さん忘れちゃってたから……」
「そっか……。まあ、優しいお父さんだったよ。仕事が忙しくても家族を大切にしてくれてた。だから……私がいなくなったショックが大きかったんだろうね」
父親代わりは克斗が率先してやってくれたらしい。
未奈は結奈の顔を見つめる。
「ん?」
「ごめんね……」
「何が?」
「私のせいだもんね。結奈がお父さんいないとか、お母さんに私の代わりみたいな扱われ方したのって」
「……どうしてそんなこと言うの? 私は嫌じゃなかったし、むしろいなくなったお姉ちゃんがずっと気になって……好きになっていって……」
「結奈……」
未奈のシャツの袖をキュッと摘む結奈。
「写真の中のお姉ちゃんに会えた。私はそれだけでいいの……憧れてた有名人と会うのと同じくらい、私にとって特別なことなの」
「そっか……そっか……」
未奈は結奈の頭を撫でる。サラサラした綺麗な髪。ほんとに私そっくり。
ーーああ、愛おしいなぁ。私をこんなに想ってくれる人がいるなんて……。
ーーねえ、神様見てますか?
ーー受け止めきれない現実じゃなくて、私をこんなに愛してくれる人がいるんですよ。
未奈はそう天に向かって思う。
それと同時にバスは急ブレーキを踏む。
勢いあまって宙を舞う未奈と結奈。
未奈は結奈を抱き抱えるように守る。
座席側のポールに身体を捻じ曲げられると思った瞬間だった。
「やはり……こうなるか」
その聞き覚えのある声。
未奈はその声の方に目線をやった。
「だから言うたじゃろ」
「神様?」
「お姉ちゃん? この人……」
「人ではない。生娘」
その言葉に結奈は怖気付いた。
異形でもない、人と同じ姿をしているからこそ分かる、気配。
「……結奈、この方が私を助けてくれた神様よ」
「いかにも。気まぐれと暇つぶしで死ぬも同然の命を救ったのがわしじゃ」
「でもどうして……こんなところに?」
「せっかく救った命、こうも簡単に死なせてたまるか……まあまた暇つぶしと思ってもろたらええ」
「そんな勝手な……!」
「うるさい生娘。わしは未奈と話しておる」
結奈が会話に混ざると、途端に不機嫌になる。
「実際、お主がおるからわしもここにおる。心当たりはあるじゃろう?」
「心当たり……?」
「ほれ、さっきわしに話しかけていたじゃろう」
「あ、あんなことでいいんですか?」
「要は観測されれば具現化は容易い」
未奈は自分があそこで思い耽ることがなければ助からなかったのかと思った。
そして未奈は車内を見渡した。
幸い乗客は自分たちと若い男性だけ。前方に座ってた男性は無事のようだ。そしてバス自体も事故ギリギリだったようで、運転士がマイクで確認を取っていた。
一応、怪我もなく事なきを得たと言う事でバスは発進した。すると神様は姿を消し、未奈と結奈はまるで狐につままれたようになった。
【続く】
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