魔法の鏡

 散歩がてら、森を歩いていた。
 しばらくして疲れたので、大きな木の下でひと休みすることにした。
 森の中は誰もおらず、ただ木漏れ日が差すだけだった。

 しかしふと、自分のすぐそばに視線をやると、そこには古びた壁掛け鏡が捨てられていた。
 本体部分は大きくひび割れ、輝きを失っていた。しかし、複雑な彫刻がなされた縁だけは黄金色に輝いていた。
 その姿はまるで物語に出てくる、美しい魔法の鏡そのものだった。

 いや、もしかしたら、本物の魔法の鏡かもしれない。試しに、声をかけてみる。

「鏡よ鏡よ、鏡さん」

 すると鏡は声に反応して、丁寧に返事をした。

「どうなさいましたか、女王さま」

 女王さまと呼ばれて、私は驚きと同時に嬉しい気分になった。そのまま好奇心に駆られるままに、鏡にある質問をした。

「鏡さん、世界で一番美しいのは誰?」

 どこかで聞いた物語みたいに、それは私だ、と言うと思ったが、しかし……。

「世界で一番美しい者は存在しません。同時に、世界で一番醜い者も存在しません」

 鏡は丁寧に、しかし率直に即答した。
私は納得がいかなかった。

「それは、どうして? 私は、世界で一番美しい女王として知られているのに……」
「あなたや国民からしたらその通りでしょう。国民は外の世界を何も知りませんから。
でも、隣国の人びとから見たらあなたは世界で一番醜い者に他なりません」
「何、醜いだと?」

 醜いと言われたことに、私は怒りを覚えた。

「姿がというより、心が醜いのです。あなたは隣国の人びとから無理矢理土地を奪い、大事な物を奪いました」
「そんなの自分が良ければどうでもいいわ。それに、隣国のやつらは世界で一番醜い者たちよ」

 私はムキになって言い返したが、鏡は冷静に言った。

「あなたからすればその通りでしょう。でも彼らにとって、自分の仲間や家族は何より美しい大事な存在なのです。
世界で一番美しい、醜い、というのはあくまで一部の人間が一方的に決めているにすぎず、すべての人間が認めているわけではありません。そして……」

 最初は、鏡の言うことがまったく理解できなかった。しかし、次の言葉を聞いて私はハッとした。

「世界には人間だけでなく、動物や精霊もいます」

 鏡のこの言葉を聞いて、私はようやく気づいた。どれだけ自分の視野がいかに狭かったか。

「例えすべての人間があなたを美しいと思ったとしても、動物や精霊はあなたを醜いと思うでしょう」

 精霊は人間をいつでも見守ってくれる存在。子供の頃そう聞いたことがある。
 いつでも見守ってくれる、ということは行動一つ一つを監視されている、ということでもあると。
 人間よりも精霊のほうが人間を知っているとは、そういう意味だったのだ。

「お話聞かせてくれてありがとう。急いで行かなきゃ。どこかでまた会えるといいわね」

 用事を思い出した私は、急いで城へ戻ったのだった。

おわり

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