島の中心にある、紫色の大きな泉。そこの水は飲んだり生き物が住んだりすることはできないが、珍しい紫色をしており、島で一番美しい泉とされていた。
その島国では、特権階級は紫色の服を着るという伝統があった。そして、海岸には紫の貝がたくさんいた。その貝は、紫の染料の素となる粘液を出す。
人間たちにとって紫の染料は非常に高価で、それの素をたくさん出してくれる貝は大きな利益になる。人間は資源目的で貝を次々殺すようになり、貝の数は減った。
しかし人間の中には、自らの欲望を満たすためだけに貝を殺すことを、可哀想だとして反対する者もいた。貝も人間と同じく知性を持ち、喜びや悲しみを感じるという。
翌年、国も対応し「絶滅を防ぐため、資源目的で紫貝を殺してはならない」という決まりを作った。さらに国は「紫貝の体液で布や服を染めたことが発覚した場合、法によって罰する」とした。
この影響なのか、紫色の布や服はタブーとされるようになる。貴族も、果ては王でさえ紫の服を着られなくなった。布屋や服屋からも紫色の商品が一掃された。それを売った店主はしつこく犯罪者呼ばわりされ、例え本当に紫貝の体液を使っていなくとも連行されることもあった。中には、紫の泉の水で染めた商品も開発されたが、人の手によって泉が汚れてしまうとして、それも取り締まられた。
紫を高貴な色とする伝統は崩れ、いつしか紫を使った物品そのものをタブー化する風潮が生まれた。「自分が楽しもうとすると、いつも必ず誰かが傷ついてしまう」と、王子が海岸のある貝に話しかけた。王子は隣国の姫と婚約をしている。その姫は紫色が好きなので、王子は紫の服を贈ろうと考えていたのだ。しかし今では紫の服は王ですら着てはいけないことになっており、王子はやりたいことと法との間で葛藤していた。「楽しいことって、大体はしてはいけないことばかりだ。窮屈だ」と続けていると、突然貝が人間の言葉を話し出した。
「本当は人に迷惑をかけない限り、どんなに贅沢をしても何でもありだと思うの」
貝の言葉を聞いた王子は「紫の服が悪いのではなく、私利私欲のために紫貝を殺すことが悪いのか。なるほど、ならばそれとは別に、新しい紫の染料を見つけ出せばいいのだ」と思いつく。
すると貝は仲間たちとともに、王子の素材探しに協力してあげるという。王子は感謝し、あとは父王を説得して許してもらうのみだと伝えた。掟にこだわる父王は当然、最初こそ反対するが、「どんなに贅沢しても許されるとしたら、それはなぜ?」と質問を投げかけられる。そして、王子は答える。
「誰かを傷つけないからです」
同じ頃、貝たちは新しい素材を見つけ、しかも大量に王子の元へ持ち帰って来た。新素材とは、紫の泉の水だった。
「紫の水はダメだ」
父王は一度反対したが、「尊い命を傷つけるよりは良いのです。一度に取れる水は限られていますが、大量に使い過ぎでもしなければ、すぐに枯渇することはありません」と王子の答えを聞いて、結局、父王は紫の服を作ることを許した。
こうして王子は紫の服を姫に送り、二人は無事結婚する。それからというもの、人と賢い貝の間で交流が行われるようになったとか。
おわり
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