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うちのキッチンにはビーカーがある

一人暮らしを始めたのが十八歳の四月。
その頃からずっと愛用してるiwakiのビーカー。
電子レンジも直火もイケる。

一人の頃は100mlと300mlを使っていたけど、今はサイズアップして200mlと500mlを愛用してる。200mlは合わせ調味料を作るとき、バターを溶かしたいとき、お湯で溶くドリンクやスープを作るときに。500mlはご飯を炊くときの水の計量や、お茶を飲みたいけど急須を洗う元気ないなぁって時にはストレーナーを突っ込んたり。冷めたお茶を温める時にも使っちゃう。

そんなわが家のビーカー。
原点は中学校の理科室だったりする。

中学三年生の二コマ連続の選択の授業で、理科をとっていた。
選択していた生徒は自分を合わせて三人。対して先生は二人。
先生の内、一人は担任の先生で、もう一人は大学から来ているちょっと変わり者の先生。ちょっと変わり者の先生は好奇心に貪欲で、たった三人の授業のために焼成炉を持ってきたこともあった。生徒の驚く顔を見て、ニヤニヤ満足そうに笑う。卓上サイズの焼成炉だったけれど、ちょっとした金庫のような重厚なつくり。そんな重そうなもの、どうやって持って来たんだろう……? 

少人数なのもあり、先生のキャラクターもあって、自然と毎回距離の近い授業になる。

ハマグリの解剖の日、机の上にはビーカーと三脚、アルコールランプ、石綿金網、マッチも用意されていた。それからニヤッと先生二人が笑って醤油のボトルが置かれる。
その日の二コマ目は理科ではなく調理実習になった。三脚の上に金網を乗せ、ハマグリを乗せる。マッチでアルコールランプに火をつけて、三脚の下にもぐりこませる。いい匂いが立ち上り、ハマグリが口をパカッと開けたら醤油を垂らして出来上がり。
こんな風に貝を食べたのははじめてだった。わくわくして、うれしくて、胸がくすぐったかったのを覚えてる。理科室で食べたハマグリ。アルコールランプと醤油のにおい。
先生たちはいつも以上に機嫌がよくて、教室じゃなければビールでも開けてしまいそうだった。

「しょっぱいもの食べたら喉乾いちゃうよな~」

別の机で大きいビーカーを使ってお湯を沸かしていた先生が、ビーカーに紅茶のティーバッグを突っ込む。200mlのビーカーが五つ置いて、大きいビーカーのティーバッグを上下させて色を出すと、200mlのビーカーに注いでいく。

「はい。ちゃんと洗ったから大丈夫!」

ちょっと変わり者の先生はぜんぜん特別じゃない様子で、お茶を淹れ、振る舞う。

「砂糖いる?」

薬さじとスティックシュガーを渡される。
受け取ってしまったけど、そうじゃない。
中学校の理科室で、六時間目なんだけど……。

選択の理科はいつもそんな、不思議な時間だった。
担任の先生も、いつも以上にゆるくなる。実験に使っているビーカーが清潔かどうかは考えるのをやめた。「ちゃんと洗った」という先生の言葉を信じよう。

選択の理科がだいすきだった。

それから三年半くらい、十八歳の春。
ハンズでビーカーを買った。
一人暮らししたら買おうと決めていた。
買う時も使う時も、理科室でのわくわくくすぐったい気持ちが蘇った。

それからさらに十八年。
今もずーっと愛用してる。取っ手があったほうが便利かな? と思うこともあるけど、たぶんぶつけて壊してしまう様が目に浮かぶ。

やっぱりビーカーがいい。
使うたび、あの理科室を思い出せるから。

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